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スティルウォーターのnanochiのレビュー・感想・評価

スティルウォーター(2021年製作の映画)
3.9
フランスのマルセイユが舞台なんて、きっと綺麗な景色が見られるんだろうとか淡い期待をしていた。確かに街は美しい・・窓枠はまるで額縁のように美しい緑と青い海と赤い屋根をとらえ、丘から吹く風が南仏への憧れを緩やかに高める・・はずだったけれど。所謂スラムと呼ばれる地域のマクドナルドの殺伐とした雰囲気があまりにもリアルで、ここでの生活を思って居心地が悪くなった。
そんな荒れたスラムに住むアキームと言う青年は、ダウンペイメントに田舎の空港で売っているちゃちいネックレスひとつをもらうだけで、殺人すら犯してしまう。きっとそのネックレスが金メッキなのかゴールドなのかすらも区別がついていないんじゃないだろうか・・そのリテラシーの低さ、倫理観の欠如に、たった数万円の目先の利益のためにも罪を犯すことを厭わない、犯罪グループの末端にいる人々を連想した。
でもそんな彼にとっては、そしてマルセイユのスラムにおいては、US内陸の地、オクラホマ州Stillwaterの冴えない貧乏学生ですら、アメリカのリッチなエリート大学生と見られてしまう。でも結局は、人ひとりが出会える世界なんて狭いもので、単に彼らは出会うべくして出会った同じ階層の人たちだと思った。

その共通点は、圧倒的な想像力の足りなさ。

マットデイモン演じるビルも同じ。不器用というよりは、目の前で起こることに対し、先々への考慮が足りない突発的な行動を積み重ねていく。そして手に入れられたはずの穏やかなしあわせを失い、残るのは後悔と消えない罪悪感。でも正直、ビル親子とアキーム、三者ともに因果応報としか思えず、特にアリソンに関しては蛙の子は蛙なのだと残酷な真実を見せられた気がした。
そして誰よりも幼いマヤが警察に質問をされた時に咄嗟についた嘘が、完全にビルとマヤ親子を分断したように思う。マヤ親子は、先のために今行動すべきことを考えられる人たちで、はっきりと対極の世界の住人になった。母がビルにキッパリと出て行くように言ったのも同じで、瞬時にこの先一緒にいてもマヤのためにならないという判断ができたことによる。正しいタイミングでビル親子と袂を分つことができた彼女たちの生活は、あの後もきっと穏やかに続くんだろうと思う。

アリソンも一見すると自分の人生を取り戻したように見えるが、父子には罪悪感とざらざらした思いが残ることになってしまった。しかしそれもいつまで覚えているのかわからない。ビルも物憂げに悟ったようなことを言うけれど、なんだか2人して数年後にはそんな想いすっかり忘れていそうな、妙に信用できない後味の悪さ。そういう人もいるんだろうと、現実を見た気がした。
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