えむ

ディア・エヴァン・ハンセンのえむのレビュー・感想・評価

4.1
ディア(親愛なる)エヴァン・ハンセンへー
このような書き出しで始まるセラピーの課題で書いた自分宛の手紙。
それをひょんなことから奪われ、しかも奪った相手がそれをポケットに突っ込んだまま命を経ってしまうところから始まる「嘘」と「正直さ」の物語。

確か3年か4年前に、ブロードウェイの賞レースの中継で実際の舞台のキャストのパフォーマンスを観たのだけれど、映画の中でも出てくる、プロジェクターを使った世界中の人のスマホ映像が流れるシーンがとても(舞台としては)斬新で印象的だったのと、曲がとってもエモーショナルで良かったのとで今回の映画化を楽しみにしてました。

ポスターなどには賞を取ったミュージカルということが書かれているので、多くの方は、グレイテスト・ショーマンとかラ・ラ・ランドみたいな派手なミュージカルを想像するかもしれないんだけど、むしろこれは、演劇でやるような人の想いを全面に押し出したドラマで、要所で登場人物たちの想いがメロウな歌に載せて表現されています。

あくまでもちょっと歌のついたヒューマンドラマ、と思ってもらった方が近いと思うので、その辺りは前情報として知っててもいいかな。


死んだ息子は根っからの悪ではなかったと信じたがる母親の哀しみと熱量に気圧されるようについた、小さな嘘。
自分が書いた手紙を彼が書いた、友達だったと嘘をつき、その友情の証拠を作り上げていくのだけれど、いつしかそれはSNSを通して人々の想いを巻き込み、膨らみ、大きな、ムーブメントを生んでいく。

一時は確かにそれが壊れた家族の絆を取り戻させたり、孤独を感じ共感する人々を癒し、エヴァン自身にも、受け入れてくれる他人を与えて、多くの人が癒やされます。
けれども、それは結局は嘘。
結局そんな嘘が破綻する日はやってくる。

時には自分の身を守るために、時には人を慰めるために、人は小さな嘘をつく。
でも、その根底にあるのは、いつも「誰かと繋がっていたい」という気持ちであり、小さな嘘が自分を守り、世界を癒してくれるものだと思っているから。

きっと誰しも心にはどこか小さな穴があって、それを嘘で埋めようとしているのかもしれません。
でも、メールやSNS、小さな部屋の中の小さな箱の中、自分の心の世界に閉じこもって必死に穴を嘘で埋めようとしたって、雨漏りのように心は漏れてくる。

その穴の空いた自分にそのまま正直になれたとき、その正直さに人は惹かれていくし、その正直さだけが自身にあいた穴を修復してくれるのでしょう。

嘘の物語の中にいながらも、学校の講堂で、SNSを通して、用意した原稿でなく、心から漏れ出たエヴァンの言葉と小さな勇気が、実際に人々の心を動かしていったように。

基本、歌が挿入されるのはメインの登場人物が心情を語る部分でだけですが、エヴァンの歌が最初は空想の中や嘘の世界で歌われるものばかりだったのが、素直で正直な心情を歌う人たちに引っ張られるように、最後は紛れもない自分の心の世界へと変化していくのが良かったです。
最初はエヴァンは空想の中の世界でだけ歌って、現実と対比させてるのかなと思いながら観てたけど、ちゃんと二つの世界は一つになった。


どうにも話運びやドラマの描き方がウォールフラワーを彷彿とさせるなと思ったら、同じ監督さんなのね。(笑)
あの作品が響いた人なら好きだと思いますよ!
えむ

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