四木

ディア・エヴァン・ハンセンの四木のレビュー・感想・評価

4.7
遺された人たちを守るため、「優しい嘘」をついたはずが、大ごとになってしまう物語。

死とどう向き合うか、弱った人にどう寄り添うか、試行錯誤する人たち。

日本語だったら起こらない出来事だなぁと感じました。一人称がたくさんある国ですから。

英語は老若男女問わず、「me」と使うことができます。僕から僕への手紙を彼から僕と間違えてしまう可能性があるのかもしれませんね。
よく使う単語と雰囲気が違う、と気づかないのか疑問ではありますけれど。

主人公のエヴァン・ハンセンさんを演じた、ベン・プラットさんがとても良かったです。巧いです。

自信を失ってしまった人特有の、目を逸らしてしまう仕草とか、うまくことばが出てこないところとか。この人を受け入れたい、受け入れてもらえるだろうか……と不安そうにしつつ距離を縮めるところとか。

ミュージカルなので、歌ももちろん、巧かったです。耳に残る声……。
歌声でここまで表現できたら、最高の気持ちになるのだろうなぁ……と羨ましくなります。

どうして木登りをしたのか、その理由が明かされるすこし前にハッと気がつきました。そして、納得しました。
世界中の人が否定したとしても、わたしはその行動力に対して……凄いとおもいます。

前向きでも後ろ向きでも、なかなかうまくいかなくて、しんどいですから。行動できる人はみんな凄いです。

終盤、「あなたの心の穴を埋めることはできていなかったのだとおもう」「そしてこれからも」と話すシーンがあり、感動しました。
そのことに気づいてくださるだけでありがたいのに、理解してくれる人がいるなんて……。羨ましいです。

ただ、全体として、いまいちこの物語を受け入れられない……と感じていました。上記のシーンから、かなりの理解者──きっと経験者──が関わっているとわかるのに。
それは、主人公も含め多くの人が、「死者を利用している」から……。苦しくなってしまいました。

人が亡くなる。
それは避けられない未来で、当たり前のことなのに、人の心はそう簡単に受け入れることはできません。それはわかります。
なので、自分なりに向き合って、あるいは目を逸らして、人びとは自分の心を守るのでしょうけれど……。

ラストの、文章が特に、ダメでした。周りの人を助けてあげて、とか、助けてくれる人はいる、とか……そういう内容だったとおもうのですけれど……。あまり覚えていません。

気持ちを押しつけられることが、本当に、個人的に無理なのです。

「生きろ」と押しつける人たちは、「あなたのためをおもって」と言うタイプと同類ですからね。他者をコントロールしようとしないでください。
自分がおもう「優しさ」のせいで苦しくなる人もいます。

この物語をつくった人が、そのあたりのことも考えているならば、秀逸ですね。でもわかっている気がします。

主人公の嘘からの流れとか、寄り添うシーンとか……理解していなければえがけないですよね。
気持ちを押しつける人は想像できないから、一方的にぐいぐいいくのでしょう。

「彼」の話をよくよく聴いた人はいなかったのだろうなぁ……と感じて、悲しくなりました。本当の彼の気持ちは、この映画のどこにもないじゃないですか。周りが語る姿や、想像の姿ばかり。
彼の口から、彼のことばで、彼の考えていることを、聴きたかったです。

それが叶わない虚しさも表現されているのでしょう。

伝わる人にだけ伝わればいい、とおもっている気がしました。肝心なことほど、セリフにはなっていませんでした。
まったくわからない人は、ただただ、「いい映画だった〜」「いい歌だった〜」と感じるだけなのかもしれませんね。ゾッとします……。


映画館にて
2022/01/30
(旧アカウントで記録した日)
四木

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