サトタカ

ニトラム/NITRAMのサトタカのネタバレレビュー・内容・結末

ニトラム/NITRAM(2021年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

次に何が起こるかわからない緊張感あふれる映画。1996年にオーストラリアで発生した悲劇的な事件(死者35人、負傷者15人を出した無差別殺人:ポートアーサー事件)を元にしており、その内容は決して軽いものではない。心が元気なときに見た方がよい。

まず、主演のケイレブ・ランドリー・ジョーンズが素晴らしい演技を見せてくれる。彼が演じるニトラム(本名のMartinの逆さ読みから。Nitsには頭シラミの意味もあり同級生の悪意によって付けられた蔑称)という人物の不安定さや孤独感がスクリーンを通して強烈に伝わってくる。ニトラムは知的障害(事件後、公判を待つ間に精神科医による診察を受けたところ統合失調症など精神疾患はなかったと結論づけられたという)を抱えており、社会から疎まれ孤立していた。彼の行動や言動は予測不能で、周囲の人々を不快な気持ちにさせた。本人がいくら望んだとしても友だちができないのは仕方がないのだが、彼に合った公的な支援などがもしあったらと思わないでもない(まず、ないのだろうが)。やたら花火を打ち上げたり、車を運転中のドライバーのハンドル操作を妨害したり、ガス銃を撃ったりといったしょうもない行動の裏にある苦悩や絶望はいかに…。

ニトラムの家族もまた、孤立の中で苦しんでいた。両親は彼のせいで周囲の住民から嫌われ、社会的に追い込まれていた。特に、父親は資金を貯めてB&B(ベッド&ブレックファスト)物件を購入し、ニトラムと経営することを夢見ていたが、不動産屋により多くの金額を提示した老夫婦に先を越されてショックを受け、塞ぎ込みうつ病を患ってしまった。うつ病になったのはそれ以外に永年にわたるニトラムにまつわる苦労もあっただろうと推察できる。彼はひどく苦しみ、動けなくなるほど精神的に追い詰められていた。
それを知ったニトラムがソファに寝込んでいる父にまたがって激しく殴打し、「立て!」と怒鳴る。絶望的なまでに暴力的だった。父親はいつも優しく接してくれていたのに。
しかし、それ以上に衝撃的なのは、母親がそのシーンをただ見ているだけで止めようとしないこと。この母親の無反応は、彼女自身もまた絶望の中にあり、もはや何も感じなくなっていることを示しているのかもしれない。家族全体が追い込まれ、希望を見失っている様子が痛々しいほどに描かれていた。

映画全体を通して漂う緊張感は圧倒的で、一瞬たりとも気を抜けない。特に、静かなシーンでも何かが起こる予感が常にあり、観客は緊張の糸で張り詰めた状態にさせられる。音楽はほとんど使用されず、リアルな環境音やカメラワークもその緊張感を助長し、視覚と聴覚の両方から攻めたてられる。

「ニトラム」は決して気軽に楽しめる映画ではないが、その緊張感と深いメッセージ性に引き込まれること間違いなしだ。観終わった後には、心に重くのしかかるものがあるが、それこそがこの映画が持つ力であり、意義だろう。ニトラムという人物の苦悩や孤立を通して、社会の中で見過ごされがちな問題について深く考えさせられる作品だ。

何の落ち度もないのに彼に銃で殺されたり、ケガを負わされた人たちにかける言葉もないが…(むしろ被害者や遺族こそ支援されなければならない)
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