nagaoka

ストーリー・オブ・マイ・ワイフのnagaokaのレビュー・感想・評価

5.0
海の男が陸に上がり知った、愛の「甘美」と「地獄」

愛の「甘美」と「地獄」―恋愛を一つや二つ経験したことのある男性なら
愛が持つ「甘美」と、はまったがゆえにそれがもたらす「地獄」の両義性は実感として多かれ少なかれ持っているだろう。特に、「美しく魅力的な女」と結婚してしまった男の抱える地獄は・・・

その時女性は「秘密」を宿した「悪魔」にさえ見え、八つ裂きにしたいほどの「憎しみ」を彼女に抱くこともあるかもしれない。その悪魔は、男性自らの「愛」が生み出し、自らに牙をむかせた化身なのかもしれないのに――

イルディコー・エニェディ監督最新作である「ストーリー・オブ・マイライフ」はそんな実感を否が応でも覚醒させ、「甘美」と「地獄」を通して、「人生」のリアルを世の男性にまざまざと突きつける、キツイがそれじたい逃れられない「女」そのもののような愛すべき傑作だ。

船長が友人と「最初に入ってきた女性と結婚する」と賭けたことから始まる大人のラブロマンス。と、公式HPには物語の紹介があるが、この物語はそんな生易しい「ロマンス」などで断じてない。船長としては非常なる才能を持った男が、いったん陸に上がると無骨な、いや無能といってもよいまでの「誠実」さしか持たない、もちろん「女性」のなんたるかを知りもしないのに、「最初に入ってきた女性」が彼にとってファム・ファタール(運命の女)であってしまった幸か不幸かわからない事態から始まる「地獄」巡りなのだ。

何が「地獄」なのか?男にとって、愛した女性の行動が全くの不可解で、
いっときたりとも安心できない苦悩たるや、相当な物だ。いったんは航海に出ると数カ月は家を空ける夫に対し、妻は「私は大丈夫よ、安心して」
とやや心配性の夫にささやく妻。家事をするわけでもなく、毎晩遊び歩いてばかりの、でも美しく、魅力的な妻。浮気をしているのではないか?そんな妄想につい駆られてしまうこともしばしばだし、かといえ探偵まで雇ってなんてことはない、「貞節」が分かると直ぐ安心してしまう・・・海の波よりも何十倍も激しい波に夫の心はかき乱されるのだ。船長にとっては海に浮かぶ船はそれがどんな激しい波を往くものであっても乗りこなせるものなのに、陸に上がり出会った史上最愛の女は全くの制御不可能・・・。近所の警官にまで「お前、あの女の夫か・・・そりゃあ可哀想に」と同情され「まあ一杯いけや」とワインの入ったグラスを差し出される・・・。自分も浮気してみたら気が晴れるかもと、船で出会った、妻と正反対の純朴な若い女性とホテルにしけこむも行為に至らず、「あなたは私と似てる。だからあんな女と別れられないのよ」と真理をずばりと突かれてしまう・・・真面目一辺倒の男が辿る笑えない身の上に、まるで自分のことを全部あけすけに言われているみたいで共感しまくりだった・・・。

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あなたはプレゼントを貰います。しっかりと閉じられたエレガントで素敵な小箱。その小箱を毎日 幸せな気持ちで眺めています。しかし、その箱を開くことが出来ないとしたらどうしますか? 最初 は繊細に開けようとします。次にナイフを使って試してみます。ハンマーを手にした時、箱そのものを 破壊してしまうことに気が付くでしょう。それから数日間、そのプレゼントを忘れるように努力しますが 徐々に、その中を少しだけ覗くためにはどんなことでもしようと考えます。実のところその素敵なプレゼントはあなたをいらだたせてしまうものです。
(公式HP、監督によるイントロダクションより)

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監督が書いているように、「史上最愛の女性」=プレゼントの中身を見たくて男は悶々として、ついに妻に「愛」について問いただすと「女に愛なんてない」と突き放されるのだ。いやそうなのかもしれない・・・「愛」なんて男がこの世に作り出した妄想かもしれない。男は、おそらくは神がなんらかの意図で与えたもうたプレゼントに、自らが勝手に作り出した「中身」を想像して叩き潰した結果、「人生」の取り返しのつかない「真実」を強烈につきつけられるのだ。

こういうつかみどころのない女性(本当はみんなそうなのだ・・・つかめると思ってもそれは妄想なんだろうな)が大好きな、特に誠実タイプの既婚男性には、衝撃を覚悟して見ていただきたい。
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