九月

戦場のピアニストの九月のレビュー・感想・評価

戦場のピアニスト(2002年製作の映画)
5.0
エイドリアン・ブロディが史上最年少でオスカーを獲った作品、と思ってずっと観たかったのだけれど、あまりの辛さに一気に観ることができず何日かかかってしまった。

戦争やナチス・ドイツ、ホロコーストについて描かれた作品は他にもたくさんあるし、もっと悲惨さが目立つように描かれていることも多いけれど、今まで観たことのあるどの映画よりも現実感が伝わってきた。痩せ細っている人々や廃墟のセットなども相まって、これは映画だから、とはなかなか割り切れなかった。
序盤に何気なく映されていた、壁を建てる様子は、事実として知ってはいても、とても心苦しく感じた。

ピアニストとして活躍する主人公は、自分の夢を叶えやりたい仕事に就き、戦争や迫害などなければ家族と裕福な暮らしをしていたのではないかと思える佇まいをしている。なのに、ユダヤ人だからという理由だけで家を追われ、家族とも離れ離れになってしまう。
器用で、咄嗟に賢明な判断ができる彼は生き延びることができるものの、それが良かったのかどうか分からなくなってくる。
目の前で人が殺されたり死んだりしていくところを見て、怯えながら生きていくというのは、私には想像することができない。それならいっそのこと、死んでしまった方が楽になれるのではないかと思ってしまうほどだった。

こんなに簡単に、人の命が何の脈絡もなく奪われていくのは、映画だと分かっていても見ているのが辛くて、そして実際にはもっと酷いことが起きていたのかと思うと…
ひとりひとりは同じ人間なのに、集団による支配の恐ろしさ。でも、自分があの立場だったら絶対にそんなことはしないとも言い切れなくて、やるせなくなる。

途中、シュピルマンが身を隠しているアパートに住む女性が、彼のことを不審に思い「ユダヤ人!捕まえて!」と喚いていたけれど、彼女もまた、暴力や武器で制してくる軍人と何ら変わらないように思えた。
そうかと思えば、自分に危険が及ぶかもしれないのに、それを承知で手を差し伸べてくれる人もいる。
中でも、終戦間際にシュピルマンが出会ったドイツ人将校の存在に少し救われた気持ちになった。最後にパンだけじゃなくジャムと缶切りまで渡してくれる優しさと、久々に口にしたであろうジャムの甘さを噛み締めるシュピルマンの姿が身に染みた。

でも、戦争が終われば今度はドイツ兵が捕虜となりそこで命を落とす人も多くいて、人が人として生きることや倫理観について、最後まで深く考えさせられた。
今はこうして映画を通じて知ることができるのだから、本当に良かったとつくづく思う。

自らの才能によって生き延びたウワディスワフ・シュピルマン。彼のピアノの演奏に救われた人はたくさんいるのだろうなあ、と思ったラスト。ドイツ人将校がシュピルマンの命を助けたのと同時に、殺伐さの中に響くシュピルマンのピアノもまたドイツ人将校のことを助けたのかな。
死んでいくことよりも生きていることの方が辛いのではないかと思うような世界だったけれど、生き抜いてくれて本当に良かった。そして演じたエイドリアン・ブロディが、偉大。
九月

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