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流浪の月のbutasuのネタバレレビュー・内容・結末

流浪の月(2022年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

めちゃくちゃ良かった。忘れられない作品になった。もうとにかく観ている間中、ずっと切なくて苦しい。"誘拐事件"をきっかけに人生が変わった二人が、再び出会う話。

更紗(広瀬すず)にとって、文(松坂桃李)は救いだった。別れ際に握りしめてくれた手の感触だけを頼りに生きてきたという彼女の告白が心底切ない。世間的には"洗脳された可哀想な被害者"のレッテルを貼られ、自分のせいで文の人生を壊したという罪悪感を持ちながら、DV彼氏と暮らす。その有様はとても不幸だが、彼女は思考を止め、そこから抜け出そうとはしない。しかし文と再会することで、「私は可哀想な人間じゃない」と文の元へ戻っていく。状況を打破しようと懸命にもがく更紗は強く美しい。

文側の事情は終盤までほとんど描かれることはなく、これは非常に良い采配だと思った。ただの優しい若者だったのか、ロリコンだったのか。松坂桃李の演技も相まってとても繊細で不安そうに見えるため、いつまでも文の正体はつかめない。それでも更紗は決して迷わないのだ。文がどんなつもりだったであろうと、彼女にとっては確かに救いだったのだから。少女の更紗が性虐待の辛い事実を告げた後、文がそっと横に座り一緒にアイスを食べるシーンがたまらなく美しかった。

そして明かされる文の病気。彼は"自分はいつまでも大人になれない"という劣等感と、"親からはハズレだと思われている"という孤独感をずっと抱えてきた。自暴自棄になっていたときに同じように孤独に見えた更紗に声をかけたことに、邪な気持ちなど全く無かったに違いない。そうして文にとってもまた、更紗が唯一の救いとなったのだ。

お互いにとっての理解者がお互いしかいない、という構図の美しさ。けれども自分がそばにいるべきではないと身を引こうとする文に対して、あなたを傷つけることがわかっていても傍にいたいと慟哭する更紗。どこか誰も知らないような海外の村とかで幸せに暮らしてほしいと心底願ってしまった。

広瀬すずと松坂桃李が本当に素晴らしい。かなりの難役だったと思うが、台詞以外の表情や佇まいで完全に感情を表現しきっていた。広瀬すずは何かに耐えているような抑えた表情と、それが爆発したときの激情、それでも生きていこうとする凛とした美しさが本当に最高。中盤までぎこちない愛想笑いしか見せなかった更紗が、文とボートに乗っているときに楽しそうな笑顔を見せたときには、ぐっと心を掴まれてしまった。松坂桃李も激ヤセして頑張っていた。文は役柄的にも非常にセンシティブであり、この役は松坂桃李の独特な存在感でなければ成立しなかっただろうとすら思う。クソ男の横浜流星とクソ女の趣里もハマり役。

広瀬すずのベッドシーンは必要か?と思っていたが、終盤"性行為に苦痛を感じる更紗""性行為を行えない文"の構図が明らかになったときに、あれは必要なシーンだったのだと理解した。文が少女の更紗の唇を拭うシーンは解釈が分かれそうなところだが、自分は「文は試みたものの更紗に劣情を感じることができなかった」というシーンだと考えている。その直後に現在の更紗が文を愛おしそうに見つめるシーンが入ることから、"更紗が文を意識した瞬間でもあった"という解釈もできると思っている。

映画として150分もありかなりの長尺だが、ちっともそれを感じさせなかった。むしろこの二人を描ききる為にはこの尺は絶対に必要だったとすら思う。映像もさりげないながら終始本当に美しく、撮影や演出が素晴らしい。

部屋でアイスを食べる二人を思い出すだけで泣けてきそうになる。個人的には大傑作。
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