雷電五郎

LAMB/ラムの雷電五郎のレビュー・感想・評価

LAMB/ラム(2021年製作の映画)
3.3
スリラーとあらすじにはありますが、要は子供を奪った夫婦から子供を取り返す夫、という話で山羊頭の異形の生命体は山神様か古くから山に棲む異種族かは分かりませんが、仮に山神とした時に人間夫婦の妻が山神の妻にあたる羊を殺害しているので、人間夫婦の夫が山神の夫に殺害されるという、あまりにも綺麗な因果応報になっていますね。

人間の夫婦の方は序盤から時間を操れる技術の話題を会話に乗せた際、妻のマリアが「過去に戻りたい」と言ったこととアダが誕生してから間もないにも関わらず、既にベビーベッドや衣類の用意があったことから、これは子供を亡くしてるとすぐに察しがつくのですが、だからといって他人の子供を奪ってまで自分達の幸福の糧にするのはおかしいという話なのではないかと。

思い過ごしかもしれませんが、代理出産を批判してるような気がしないでもありませんでした。
というのも、欧州では多様性の名の下に商業代理出産が合法になっていた時期があり、ウクライナ等では戦時下にあるにも関わらず産業として代理出産がまかり通っている現状です。
セレブや同性愛者が「利用」と称してお金で女性と子供の人権を売買することを先進的などと称している実情を踏まえた上で、この作品を観ると感じ方が変わると思うのです。

産みの母から子供を奪って自分の子供とすることの歪さ、あからさまに容姿が異なるのは「アダはどんなに愛そうがお前の子供ではない」という事実が一見して理解できるための設定なんじゃないかと感じました。
中盤、母羊がずっと子供を呼ぶ鳴き声が悲痛で私は子供を奪われた羊の方が可哀想に思えて仕方ありませんでした。マリアはそれが家畜としての羊であれば容赦なく殺害しますが、頭だけとはいえ羊の姿をしたアダは我が子として可愛がる。矛盾していますよね。
アダを産んだ母羊は家畜であり生殺与奪の権利をマリアの方が握っている。だから、産みの母が子を求める必然を許さず彼女を邪魔な存在として消しました。アダには何も言わず。
都合よく子供だけをせしめて、産みの親は動物扱い。すごく身勝手で気持ち悪い態度だと私は感じました。

子供がいれば幸せになれる、というのは本人の勝手な思い込みであるし、まして、喪った子供の代替品を他の子供に求めることは子供自身を見ていない上に軽んじています。自分達人間が家畜から子供を奪っても許される、と思っていたら復讐され本当の親の元にアダが帰った、というお話でした。

ですが、この話の肝は結局子供が幸せになっていないという部分です。
子供に子供自身の未来を決定する選択権がないのです。親の所有物としての子供、という描写なんです。
一見して親の方にフォーカスしてしまいがちですが、子供の幸せはどうなるの?と疑問を抱いた時に大人のエゴが浮き彫りになる。そういう意味ではとてもグロい作品です。
女性は子供を産む道具ではありませんし、子供は親の所有物でもペットでもありません。

羊という家畜が己の意思とは関係なく、搾取される生き物であることを考えた時に社会で最も搾取されやすい階層や属性の人達、つまり子供と女性に重なっているように思え母羊とアダが可哀想でなりませんでした。
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