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女神の継承のnoteのネタバレレビュー・内容・結末

女神の継承(2021年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

タイのTV撮影チームが、霊媒師の取材をする中で、そのうちのひとりであるニムという「精霊(女神)バヤンの巫女」にスポットを当てて密着取材していくうち、ニムの姪である「ミン」に巫女の代替わりの兆候が表れ、そこから数々の超常的現象が起こり始める…。

ホラー映画の舞台がタイとは珍しいと興味を惹かれて鑑賞。
「女神」がつくタイトルから僻地の田舎におけるシャーマニズムやカルト宗教などのホラーを期待したが、内容はモキュメンタリー形式で撮られたエクソシスト。
着眼点は面白いと感じるホラーの佳作である。

民間の伝承や土着信仰を信じるタイの田舎の人々は日本の田舎にも似て、ジャパニーズ・ホラーな雰囲気がある。
高温多湿なタイの風景は、じめじめとしてオバケが出そうな「生暖かい」感覚に陥るのだ。

タイ東北部の村で脈々と受け継がれてきた祈祷師一族の血を継ぐ若い女性ミンは、原因不明の体調不良に見舞われ、まるで人格が変わったように凶暴な言動を繰り返すようになる。
途方に暮れた母ノイは、祈祷師である妹のニムに助けを求める。
ミンを救うため、ニムは祈祷をおこなうが、ミンにとり憑いていたのはニムの想像をはるかに超えた強大な悪霊だった…という展開。

若く美しい女性ミンが名作「エクソシスト」の少女リーガンのように凶暴に変なっていく様が目を見張る。
「エクソシスト」がまるで二重人格者となっていくのに対して、徐々に品性と知能が低下し、野生動物のようになっていく。
幼い子どもをいじめ、手当たり次第に男を漁り、職場や友人、家族に暴言を吐き、人間関係が破綻していく。
遂には動物のように言葉を失って暴れ回り、テーブルの上で用をたし、飼っている犬の肉を貪り食べる。
特撮で外見や動きが人間離れするよりも、清純そうなミンがそのままの姿で理性を失っていくのはかなりショッキングだ。

「エクソシスト」に似たヒロインの変貌と奇行だが、「食人族」以降に普及したモキュメンタリー、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の手持ちカメラによるPOVや「パラノーマル・アクティビティ」シリーズの防犯カメラ映像など、実録風な作りにはリアリティがある。

一方でミンの叔母である祈祷師のニムが、ミンに取り憑いた悪霊が何者なのか?という謎を突き止めていくミステリーが並行して描かれる。
ここで秀逸なのはミンの母ノイが「精霊(女神)バヤンの巫女」となるはずだったのに、それを拒否したために一族は女神バヤンに守ってもらえず、娘のミンに悪霊が取り憑いたという設定。

ノイが巫女を嫌がって妹に押し付けなければ、本作の惨劇は起こらなかった。
もちろんだからといって自分の人生を生きる事を選んだノイの選択を誰も責める事は出来ない。
そもそもこの血筋に生まれた時点でもう「詰み」だとは哀れだ。

個人の意志ではどうしても抗う事が出来ない宿命の中で、自由を選ぶだけでここまで代償を伴わなければいけないのか?と切なくなる。

さらにノイの夫の先祖はかつて何千人もの人間を斬首してきた一族で、ミンに取り憑いたのはその怨みを持った大勢の悪霊だと分かる。
不条理な血筋に呪われた不幸のダブルパンチだ。

残念なのは、終盤の悪霊祓いだ。
本来なら悪霊に立ち向かい、ヒーローになると思われたニムは儀式を前に死んでしまい、彼女が信頼を置く友人の祈祷師サンティと弟子が悪霊をノイに集めて、壺に吐き出させることで封印しようと試みる。

極めて大真面目に語られるストーリーに対し、クライマックスはエンタメホラーのアイデアが節操なく盛り込まれた状態に少々困惑してしまう。

儀式は失敗に終わり、祈祷師と弟子たちは悪霊に取り憑かれ、もはやゾンビと化す。
ミンの一族を次々に食い散らかすだけのスプラッタだ。
シリアスだった雰囲気が、ホラー映画のパロディのようにガラリと変わってパニックホラーに。
撮影クルーも逃げれば良いのに、下手なプロ根性でその場に止まり、喰われながらもグロい映像を残すなんて、「まずあり得ない」と思ってしまう。
途中でカメラを切って、事後の惨状から想像させるだけで良いのではないか?と思った。
さらに残念なことを言えば、土着信仰の女神バヤンの存在が希薄なこと。
バヤンがどのような力を持った神でどのような奇跡を起こすのか?由来も伏線もなく、単なる偶像と化していること。
これだけの長尺ならば、セリフだけでも語られて然るべきだろう。

だが、全て台無しか?と思われたストーリーがラストで持ち直す。
死んだ祈祷師ニムの亡くなる直前のインタビューが流れ、強大な悪霊に対する自らの「信仰の揺らぎ」を語る。
自分の無力さ、人智を超えた存在の強大さに心が折れた様が生々しく、神の不在を自らに植え付けてしまう。
宗教を信じる全ての者がいつか直面する揺らぎ。
それは何かを信じることを生きる目的に変えるはずの人間の葛藤が現れていて、映画にリアルを取り戻している。

総評としては、これでもかと詰め込まれたホラー映画のオマージュに、製作陣の生真面目さを感じるホラーである。
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