ささい

ある男のささいのレビュー・感想・評価

ある男(2022年製作の映画)
3.8
戸籍の交換を巡る人生の交換。

他人の人生は他人のもので、自分と一体なんの関係があるのか、、
それが本当の戸籍でなくても、表面は偽りでも、大切で意味のあるのもは、その人が歩んだ人生なのではないでしょうか?どうですか?
消したい自分の情報に自信を持てますか。これが自分だと胸を張れますか、何があなたをあなたたらしめますか。
どんな名前かどうかですか?それとも家柄ですか?あなたの体に流れる、祖先から引き継いだ血ですか?

演出がすごく上手だった。自分という存在、アイデンティティへの違和感や、不安感を煽り、疑問を抱かせる。
様々なシーンで鏡や、画面の消えたテレビやなどで反射する自分が映るシーンがある。原誠も女の家で鏡に映る自分を見る。彼らの見ているものは間違いなく自分なのであるが、しかし、同時に自分ではない何者かなのである。まるで志賀直哉の「鏡」に登場する。自分への違和感や不安を感じているかのように、彼らは皆映る自分に違和感を感じている。
冒頭とラストシーンで登場する絵はルネ・マグリットの「不許複製」という作品で、鏡に映る自分の背中を自分が眺めるという現実では不可能な構図になっている。背中が現れるシーンは、城戸が事件を解決した後に、森林の中に浮かぶ原良が背を向けて向こうへと歩いていくシーンが思い当たる。しかし、その時にはもう城戸は逆方向へ歩き出している。眺めてはいないのだ。しかし、妻の浮気が発覚した後のラストシーンのバーでは彼は絵の中の背中を眺める構図で終わっている。妻の浮気を知るまではあと一歩の所で正気を保ってアイデンティティを守っていたが、妻の浮気を知り、自分の人生に自信を持つという細い糸が切れ、最後は自分が自分では無い他人を名乗るというラストなのではないだろうか。
「ほんとうの自分」
ささい

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