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ある男のn0701のネタバレレビュー・内容・結末

ある男(2022年製作の映画)
3.4

このレビューはネタバレを含みます

レッテルや偏見、職種や見た目は、Xという曖昧で不特定の存在を特定の個人として構築する要因となっている。

また、他人の評価は他人がする以上、生い立ち、育ってきた環境、境遇は変えることができない。子どもが親を選べないように。

その一方で、肩書き、実力で勝ち取った成果、幸せ等は自分の意志で得ることが可能であり、選ぶことができる。

この物語は、亡くなった1人の男を中心に、変えられない境遇に苦しむ3人の男たちにより描かれている。

亡くなった男は、地方の林業で勤務する男で、ふらっと片田舎にやって来ては、林業の傍ら絵を書いて過ごしていた。やがて妻と子を持つと幸せな家庭を築いていた。しかし、不幸にも倒木によりこの世を去ることになる。そして、亡くなった男が、別人の戸籍を用いて生きていたことが判明する。

所謂「背乗り」された男は地方の旅館の次男坊であった。彼がどこに行き、何をしているか、そしてなぜ消息不明となったのか一切わからない。

この奇怪な事件を捜査したのは、在日三世のイケメンの弁護士の男。彼は亡くなった身元不明の男の調査を行い、併せて、旅館の次男坊の行方も捜査する。

さて、結論としては、亡くなった男は、父が強盗放火殺人により3人を殺した死刑囚の子どもであり、過去を精算するために別人に成り代わる選択をしてた。

そして、旅館の次男坊は、死刑囚の息子の名前を手に入れた後、さらに別の人物に成り代わり生きていた。無精髭を生やし、世間から逃げるように暮らしていたのだ。
ただし、これがなぜ2度も人生を上書きしなければならなかったのかが語られることはない。

ここにこの物語の決定的な疑問がある。
「旅館の次男坊」が「死刑囚の息子」の戸籍でいいから別人になりたいとなぜ思ったのか。どう考えても釣り合わないし、どう理由付けられても疑問しか残らない。

物語は人が変えることの出来ないルーツを、日本人に根付く無意識の差別や偏見といった形で言わば批難し、警鐘している。その差別意識や恐怖心は、鏡に写っている自分自身にさえ向けられているということが言いたいわけだ。

まあ、描きたいことは分からなくはない。
だが、どこまでいっても語られない旅館の息子物語が疑問しかない。

これは物語全体を通して思うことだが、随所が飛躍しているように思う。例えば、死刑囚の展示会の中に、亡くなった男が過去に描いた絵と似たものを見つけ、そこから死刑囚の父に繋がる場面や、旅館の息子が過去に付き合っていた女がSNSを利用して旅館の息子本人を炙り出し、その結果、実は2回名前を変えて生きていたということが判明する場面だ。

いずれも、物語の謎を解き明かす決定的な出来事であるが、唐突感が否めない。

さらに、弁護士が妻の不倫を知った後、自らの氏名を別人で名乗るかのようなシーンで物語は終わっているが、それも非常に蛇足感がある。過去を上書きすることで自分自身を誤魔化していたいくつかの男に出会い、こうした人物に分触れ合ったことで自分も同じように偽ろうとするというのは甚だ疑問だ。

むしろ、過去を断ち切り、偽ることでしか得られないものはないんだと、過去も生い立ちも抗えない自分というアイデンティティに対して、自分はこれでいいんだと言い切るのであれば分からないことはないが…
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