doji

ちょっと思い出しただけのdojiのネタバレレビュー・内容・結末

ちょっと思い出しただけ(2022年製作の映画)
-

このレビューはネタバレを含みます

絶妙なバランスの演出の映画だったとおもう。時計を写すカットから部屋の全景へとパンしていく一連のシークエンスで時間をたどる演出も、恋愛映画の中では定番化してきた時系列の編集の中ではユニークだったし、部屋の散らかり方やねこのからだの大きさ、そしてベッドに誰が寝ているのかという画だけでみせていくアイデアにはうなった。住んでいるひと自体が違うラストもいい。

ほんのすこしのバランスの違いで登場人物のセリフやキャラクター性がレイアウトされたような作為を感じさせてしまっただろうし、1時間ほど経つまでふたりの仲が良かったときを写さないのも、ノスタルジーを未練に変換させない効果があると思う。監督の意図通り、ラストに向かうにつれてつらくなり、最後のカットで見事に救われる気持ちになった。

主演の2人が喧嘩をするシーンで、どちらの言い分もわかってしまったというか、ことばにすることとしないことのあいだで、関係性はやわらかいままふたりを包んでいた。でも人生には当然変化がやってくる。そのときに具体的な対応をするためにことばは必要で、やわらかい関係性にある程度の枠を与えなくてはいけない。それがうまくいかなくなると、あいだにあったなにかは跡形もなく消えていく。

思い出すことがいやで、なかったことにしていたたくさんの記憶が蘇ってしまった。そのことを危惧して観るのを遠ざけていたけれど、永瀬正敏演じる登場人物のように待ち続けることも、とくになにが起こるでもなくちょっと思い出すことも、それ自体醜い行為ではないなと思えた。伊藤沙莉の最後の顔がまぶしかった。
doji

doji