よねっきー

リコリス・ピザのよねっきーのレビュー・感想・評価

リコリス・ピザ(2021年製作の映画)
5.0
70年代の光に照らされて、ふたりは窓ガラスに反射する面影を追いかけて疾走する。世界の終わりが訪れようと、おれたちは誰かを愛することをやめない。

試写会に当たっちゃって、遅れるわけにいかないから授業を途中で早退して、渋谷の街を走って映画館まで行ったんです。荒い息遣いが収まった頃に映画は始まったけど、走ったあと独特のあの疲労感と荒い息遣いは、ゲイリーのそれにも似て、恋の感覚がした。この映画に恋した。たぶん錯覚じゃない。

私的PTA最高傑作だと、観てる途中から確信せざるを得なかった。やっぱり天才は愛と優しさを描く時、これ以上なく輝くと思う。撮影が特別変わったわけではないはずなのに『ファントム・スレッド』の時みたいなヒリヒリして神経質な雰囲気は息を潜めていて、会話と共にリズムよく切り返し切り返し映される顔のショットがもう洒脱。なんてことない会話のシーンから只事じゃない垢抜けっぷりで、死ぬほど映画観て撮ってきた人間なんだなと、彼の矜持を感じさせられた。

『ファントム・スレッド』予習用のプレイリストにも入っていたチコ・ハミルトン・クインテットのBlue Sandsが流れる一連のシークエンスは、ファンにはたまらない時間だった。映画があそこに詰まってたよ。愛と暴力と永遠が、あそこに描かれてた。彼はずっとこれがやりたかったんだろうな。きっとBlue Sandsを聴くたびに、いくつもの存在しない映画が脳内を駆け巡って行ったんだろうな。きっとそれがあそこで、初めて形になっていた。

デーティングなままでくっついたり離れたりする2人のアメリカンな恋愛模様は、もどかしいというよりも軽妙でスリリング。それはロマンスの中に突如として挿入されるスペクタクルと相性が良い。炎を飛び越えるバイクも、バック走行で山道を下るトラックも、まるでそれが不可欠かのように映画の中に立ち現れる。結局のところ、恋愛はサスペンスなのだ。

『ブギーナイツ』の舞台で、『インヒアレント・ヴァイス』くらい力を抜いて、『マグノリア』や『ザ・マスター』の意志を継ぐクーパー・ホフマンが体全体で表現する『パンチ・ドランク・ラブ』な恋心。世界の終わりが近づいたって『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』みたくヤケになる必要はないし、『ファントム・スレッド』みたいな歪んだ愛を探す必要もない。ただ両手を広げて駆け抜けるんだ。『ハードエイト』の頃は渋い映画撮ってやろうと肩肘張ってた感じがしたけど、あれからもう26年。監督の手腕は円熟して、今回ひとつの完成形に至ったような気さえしている。おれたちはPTAが、映画が大好きだ!
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