やはり、PartⅢがなければ、終われない。
とはいえ、トム・ヘイゲンがいないのはやはり寂しい。
出てほしかった。
マイケルは望んだものを作れなかった。守れなかった。
あまりにもむなしかった。
マイケルは自分から溢れ出てくる狂気を抑えることができなかった。
自分の犯した罪を償うことができなかった。
マフィアから足を洗おうとしても。
血の歴史は繰り返す。
血は血でしか洗えないのか。
ファミリーの歴史はまた繰り返してしまったのだった。
”ファミリー”という一方で、マイケルにとっての、家族が印象に残った。PartⅢはなんといっても、私にはマイケルとケイだった。
PartⅠからⅢまで彼らの関係が頭の中を巡りだして、
もし、こうでなかったらと、あらゆる場面で考え出して止まらなかった。
カヴァレリア・ルスティカーナは私が吹奏楽部で1年生のとき、
先輩たちの演奏を聴いていた曲だった。
先輩たちの演奏を聴いても、他校の演奏を聴いても、好きな曲だった。
美しい曲とは裏腹なストーリーが映画にふさわしいと思った。
この時期にゴッドファーザー、
3部作を観られたことがとてもうれしいし、
やっぱり、3部含めて大切な作品。
今は、若いころのマイケルから追ってみてきたけれど、
また年をとった自分に感想を聞きたい。