真田ピロシキ

マイスモールランドの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

マイスモールランド(2022年製作の映画)
4.0
是枝裕和監督が率い西川美和監督が所属する映像制作集団万福で経験を積み重ねた川和田恵真監督の初商業映画。その経歴で題材が全く難民認定されないクルド人家族が突然在留資格を奪われる苦難を描くので映画のテイストは予想がつく。

埼玉の川口に住む高校生の主人公サーリャ(嵐莉菜)は小さい頃に父(アラシ・カーフィザデー)に連れられて日本に来ているので、家での食事時に祈りを捧げるようなことはあるが日常生活する上で困っている様子はなく、ラーメンの啜り方が完全に日本人スタイルなのが妹(リリ・カーフィザデー)と弟(リオン・カーフィザデー)も含めてほぼ日本人化していることを伺わせる。父はその分、子供に比べると日本語にぎこちなさがあってしかし順応しようと努力をしてたことが終盤で分かる。母国語に関しては元々喋れるサーリャに対して妹は分からないが弟には父が教えようとしており、クルド人が他の描写も合わせて男尊女卑社会なのかと思わされると同時に、単に妹が根っから今どきの日本のティーンエイジャーなのかもしれず色々行間を読ませる。そんなサーリャでも小学生の頃はイジメに会っていたらしいが、教員を目指しててアドバイスを求めて母校を尋ねると当時よりはずっと多様化が進んでいることが明らかになって確かに昨今の社会が映し出されている。しかしサーリャ一家がよくある外国人と違うのは国のないクルド人で、上手く説明のできない弟は自分は宇宙人と言って学校で孤立しており、サーリャもどうせ分からないという諦めや成り行きもあってドイツ人で通している。同じ外国人でもアメリカやヨーロッパの有名国とその他では通じ方や扱いが全然違うんだろうなあということは、近頃ウクライナの人々に対するシリア難民の抱く想いを聞くと合点のいくところ。

難民申請を断られ在留資格のない仮放免という立場になってからは一家に暖かく見えた日本社会の冷たさが露わになる。何と言っても酷いのは「いてもいいけど働くな」という無理難題を言ってることでやってることはタリバン政権下で父を連れ去られた娘を描いたアニメ映画『ブレッドウィナー』と変わらない。分かるニッポン?タリバンと大差ないのよ?当然それで生きていけるはずがないので父は隠れて働くが見つかってしまい、ヘラヘラ笑いながら女性を殺した悪名高い入管に連行。ここの入管も大した待遇のようで「オモテナシ」精神に泣ける。普通の日本人様ならルールを破ったから自業自得と言いそうだが、ルールを破らざるを得ない状況を想像する知性がないのだろう。技能実習生とかね。サーリャはバイトしてたコンビニもクビにされて店長(藤井隆)は後ろめたさは感じているも気休め程度のことしか出来なくて、バイトの同僚である聡太(奥平大兼)の母(池脇千鶴)は遊びに来たサーリャと弟を暖かく接して同情もしたが、息子にはもう会って欲しくなくて兄である店長にサーリャを解雇するきっかけを作ったりして手前勝手な面を出さざるを得ない。これはこの人達が悪い人なのではなく、個人にできることなどたかが知れていて、困っている人を助けられるのは社会しかないのだ。自助共助じゃないんだよ。分かれ!こういう特殊ケースじゃないもっと身近なことでも。

滞納した家賃を払うアテもなく行き詰ったサーリャは仲良しのクラスメイトに思いがけずパパ活に誘われてしまい、続ける気はなかったものの仕方なく2度目を。この友達がドイツ人顔は人気出るからやらないと損的なことを言うのが非常に日本人のオヤジ価値観をわかっていらっしゃってて痛い。しかも一人で相手した男はパパ活野郎のくせに説教したがるわ、あまりに度を越してるので拒絶されると逆ギレして「日本から出ていけ外人!」と言うような国辱マン。こういう悪意でなくてもコンビニに来たお婆さんが善意で「お人形さんみたいな外人さんね。いつか帰るの?」と言う"外人"への率直な眼差しが可視化されてて日本ツライ。

こういう日本が抱える問題を多角的に捉えているが、それに対して具体的な展望は全く提示してくれなくて感動ドラマになることは拒絶されていた。感動するだけなら誰だってできる。そうじゃなくて知って考えろと映画から受け手にバトンを投げかけた。あれよりは心情的には希望を抱けるラストになっているがケン・ローチ監督の『家族を想うとき』に似た余韻があって、川和田監督は観客を甘やかさないと同時に信頼してくれているのだと思えた。そして若い人らしく絶望もしておらず社会を良くしたいという思いも感じる。もっとも恥知らず共はこの映画も「反日映画!」と喚くのだろうが。

出演者は自身が様々なルーツを持って実体験に基づいているのか嵐莉菜の"外人"扱いへ見せる一瞬の嫌悪感が印象的。川和田監督もイギリスと日本にルーツがあるのでより深いところで演出ができたのだろう。もう1人印象に残ったのは池脇千鶴で、出てるのは知ってたのでこの人だろうとは思ったがあまりに普通の高校生の子持ち女性な雰囲気だったので自信が持てなかったくらいで、『万引き家族』のムカつく警官の時と同様に池脇千鶴をステルスした演技演出は見事。『由宇子の天秤』に出てた池田良のパパ活男のキモ演技も最高で良い演技する人が多い。驚いたのはサーリャ一家は全員実の家族。父を演じるアラシ・カーフィザデーは本来流暢に日本語を話すそうだが、このリアリティ追求は本作のドキュメンタリーっぽさを大きく高めていて、監督のルーツもあるし出来るだけ当事者性のある映画と思えた。