netfilms

マイスモールランドのnetfilmsのレビュー・感想・評価

マイスモールランド(2022年製作の映画)
3.9
 17歳のサーリャ(嵐莉菜)は幼い頃、クルド人の家族と共に生活していたドイツを逃れて日本を訪れた。父はドイツでデモに参加したかどで収監され、家族の平穏の為に遠く離れたこの地を選んだのだ。今では父・マズルム(アラシ・カーフィザデー)、妹のアーリン(リリ・カーフィザデー)、弟のロビン(リオン・カーフィザデー)と4人で暮らし、埼玉の高校に通っている優等生だ。家では食事前には必ずクルド語の祈りを捧げ、クルド料理を食べており、父はクルド人としての誇りを失わないようにと願うものの、そんな父の願いに反し、サーリャたちは日本の同世代の少年少女と同様に日本人らしく育ち、日本語も達者だった。彼女は大学進学のために家族に内緒でコンビニでアルバイトをはじめ、そこで東京の高校に通う聡太(奥平大兼)と出会う。そんなある日、サーリャたち家族に難民申請が不認定となった知らせが入る。平和な日常がある日、音を立てて崩れて行く。誰しも経験のある出来事かもしれないが、サーリャの家族に起きた出来事は残酷で容赦なく、人間としての尊厳すら引っぺがして行く。17歳の少女は日本人と同じように日本語を操り、何なら日本人よりも優等生だ。コンビニのバイトの接客も自然で、店長(藤井隆)にはその真面目な接客を褒められている。だが彼女たちクルド人には国籍はおろか在留資格さえなく、難民申請も通らない。

 映画はサーリャたち3人の子供たちが袋小路に追いつめられる様子にスポットライトを当てる。母親はおらず、自らのクルドのルーツに厳格な父親すら出入国在留管理局に収容され、経済的にも窮地に立たされる。日本で暮らす人間は何人にも安全に安心して暮らす権利があるはずだが、杓子定規な行政はサーリャたち4人の権利や実情を真剣に見ようとしない。埼玉の片田舎でクルド人コミュニティを作り、産業廃棄物収集や自動車解体業をしながら糊口をしのぐ彼らの暮らしぶりも過酷だが、それ以上に唖然とさせられたのは日本人たちそれぞれの彼らへの掌返しの対応だ。住居を提供したコイン・ランドリーのオーナー(小倉一郎)もコンビニ店長も、パパ活の主(池田良)も聡太の母親(池脇千鶴)も各々にレイヤーの違いはあれど、この日本社会特有の本音と建前とを上手に使い分け、波風を立てないように生きようとしている。その姿に心底ぞっとした。唯一、聡太だけはまだ若いからか彼女への好意からか、この社会の汚さからサーリャを健気に守ろうとする。

 婚姻の儀で塗られた掌の赤は水道で洗ってもなかなか消えない。彼女はそれを恥じ、クルド人である自分の出自を隠そうとするが、隠そうとすればするほどかえって自分の出自や日本人との明確な違いが露になる。聡太と共にあらためてスプレー缶で塗られた掌の赤は、サーリャの心の叫びを代弁するかのようだ。県境の看板に2人が付けた赤い塗料は単なる迷惑行為だが、数日後に「落書き禁止」の表札で塞ぐのがいまの日本の行政の対応なのだ。難民申請を受け入れれば、その裏にいる何千何万もの人々が押し寄せるかもしれない。その危惧が行政を日本社会特有の「建前」で押しとどめる。何が正しくて何が間違っているのか?映画を観て何とももどかしい気持ちになった。編集そのものにはまだまだ推敲の余地があるものの何より着眼点が素晴らしく、余韻の残る力作だ。
netfilms

netfilms