ハル

オッペンハイマーのハルのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.0
クリストファー・ノーランっぽさのある作品と聞いていたので、独創的な作りを想定していたが、思ったよりもベーシックな伝記物語だった。
史実に沿って粛々と描いているのに3時間持たせるのは流石の一言。

今作は“原子爆弾を作った人物”が話題として独り歩きしているが、内容はいたってシンプルに一人の研究者の半生を綴っている。
優秀な研究者としての能力を発揮する手段が“マンハッタン計画”であり、戦争下の時代が彼の仕事を良くも悪くもクローズアップしている。

それにしても、どのような経緯で原子爆弾が制作されたのかをほとんど知らなかった無知が恥ずかしい…
情報統制というほどでもないけど、日本の学校教育では対戦国側の内情を深く学ぶ事はなかったような。
街そのものを作りだし、トリニティ実験を成功させるために試行錯誤する、その過程は衝撃そのもの。

作中では彼の人柄や家族、研究者仲間、不倫相手に至るまでまさに『オッペンハイマー』のタイトル通り。
生き様がフォーカスされ、歩んできた道筋へ徹底的に焦点を当てていた。
全力を注ぎ込み原子爆弾を完成させたとはいえ、「使い方を考える権利は我々にはない」という言葉が、本音なのだろう。
ただ、どのように使われ、起きうる事象が想定できてしまうのも事実。
厳しく辛い選択の連続を強いられた歩みだったんだな…と、同情の気持ちすら漂う。
まともな人間ならとても耐えられないプレッシャーに晒され続けた過酷な人生。

称賛、凋落、裏切り。
お国のために全てを尽くした人間であっても、一度疑惑が立ち上がれば不当な扱いを受けるのはどこの国でも一緒。
疑心暗鬼な時代の惨さ、戦争の悲惨さ、残忍さ、醜さがまざまざと。
序盤、中盤、後半で全く違う顔をのぞかせる物語。
人って怖いものだね…

人々から称賛を受けるためのスピーチでは明らかに“ピエロ”を演じていて、使命感や達成感とは別の部分で恐怖を感じていたように思えた。
想像が可視化された丸焦げな“アレ”は強烈。
研究者としての矜持の先にあった結果が戦争を終わらせる最終兵器だったのは幸か不幸か…
とことんまで向き合えた時間は研究者冥利に尽きるものだったのか。
専門分野を突き詰めたい思いとは裏腹に、果てを予測できる残酷な未来が交差するリアル。
最後までスクリーンから目が離せなかった。

クリストファー・ノーランが監督をしていなければ自分は鑑賞していなかったし、『ノーランブランド』の価値を再認識できるアカデミー賞受賞作。
本来興味の薄い実直な伝記を飽きずに最後まで魅せてくれるのは、天才たる所以なのだろう。
彼の作品をこれからもずっとずっと追い続けたい。
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