えばら

オッペンハイマーのえばらのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.2
観終わって一番最初に思ったこと。
「いや、許さないよお前ら」
日本の何倍もの人が暮らしているアメリカにおいて、一部の馬鹿な人はこれで過去を清算したと思うかもしれないけど、それだけは絶対に違うからとアメリカ中を練り歩いて伝えたい。
色んな感情が大気中の粒子のように身体を駆け巡っている。さて、どこから始めようか…クソ長文になる気がする。

がっかりした点から。いくつかありつつも脚本に尽きる。
「矛盾しているが作用する」という量子力学の魅力が本作のプロットにロケットスタートをかけて、後半ではそれが人間関係に当てはめられる。
この応用の仕方自体は興味深かったけど、逆に人間関係を丁寧に描き過ぎていて冷めた。
「こいつがあいつを騙していて、あいつとこいつは利害関係があって…」。いや、どうでもよい。マジで。それでオッペンさんが苦しんでいる?足りないよ。もっと苦しんでくれ。
この辺りは『ダンケルク』でも少し感じたところで、ノーランは史実系映画に向いていないのではと思った。彼が脚本を書く時はもっと「親子の絆」(『インターステラー』)とか、「無意識の世界」(『インセプション』)とか、なんかそんな感じで少年みたいに目をキラキラさせながら書いて欲しい。本当にアカデミーの脚本賞とか取らなくて良かった。
皮肉にもオッペンさんが原爆を上手く扱えなかったように、ノーランもこの史実を有効に扱えていないと感じた。

次に評価に値する点。
まず前提として、アメリカがこの映画を作ったというのは評価すべきだと思う。自ら傷を掘り返しているというか、いじめっ子が自分の過去をきちんと振り返る構図になっている。まあいじめられた側からしたら冒頭に書いた通り「許さないから」って感じだけど、日本が戦争で他国に攻め入った歴史を自分達の手で映画にしていない時点で、アメリカのこのスタンス自体は評価すべきだと思う。

そのうえで、個人的には実際に原爆で苦しむ人の姿を描かなかったことも評価に値すると思う。「そこは自分が描いてはいけない領域」とノーランが意図しているような気がしたし、実際そうだと思う。アメリカ人が入ってはいけない地雷の領域は上手く避けていた気がする。(単に納期が間に合わなかっただけでもだが)

映像と音楽(というより音響)に関しては、流石と言わざるを得ない。
初めてIMAXという形式で映画を観たけど、映像作品を観て「(身体的に)危険だ」と思ったのは初めてだった。大げさでも何でもなく全身から汗を掻いた。

そんな感じで至高の映画体験であることは間違いないのだけど、難しい御託ばかり並べて肝心なところは空っぽな気がした。
アメリカ側の意識なんてそんなもんかもしれないし、それが核爆弾を使うという事かもしれない。何よりこの作品がなかなか日本で上映解禁されなかったことが色んな問題を孕んでる気もする。

最後の最後に繰り出されるあいつの一言に、絶望させられた。多分あの時、俺もキリアンと同じ表情になっていた。
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