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とら男のドントのレビュー・感想・評価

とら男(2021年製作の映画)
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 2022年。異様な映画である。なんせ概要が、「未解決の殺人事件(※実在)を、東京から来た学生(※役者)が、当時事件を捜査した元刑事の老人(※本人)と共にたどり直す」というものなのだ。セミ・ドキュメンタリー、疑似ドキュメンタリーとでも表現しようか。
 実際の事件(1992年発生/時効成立)とそれを追った刑事本人という「ほんもの」に、東京で燻っている植物学をやっている学生=「ウソ」が絡むという組み合わせは、扇情的あるいは野次馬的な悪趣味は回避しつつも必ずしもうまく噛み合っているとは思えない。というか学生は結局何しに来たんや、最後に挨拶くらいして帰らんかい、という気持ちになる。「ほんもの」と「ウソのドラマ」が完全には混ざり合わず、全体にぼんやりとした映画となっている。スタート時に事件の全体像、輪郭が先に示されないのもよくないかもしれない。
 一方でその「噛み合わなさ」「ぼんやりとした感じ」が、事件が遠く過ぎ去っていることに相似していると見ることもできるかもしれない。素人さんなのか役者なのかわかんねぇが出てくる市井の証言者たちは「そんなこともあったねぇ」と記憶はおぼろ、なんせ30年前なのだ。当然とも言える。
 そんなおぼろな、遠い過去である事件にズッ、と入り込む人物、それが元刑事の老人「とら男」さんである。この人がすごい。長い白髪を後ろで束ね、訥々としかし静かな熱を持って語る。その目つき、口調、佇まい。『たそがれ清兵衛』ではじめて役者として出てきたダンサー・田中泯を思い起こさせる、「演技力を超越した、一本の道を歩んできた者のみが出せる迫力」が画面からにじんでくる。映るたびに「強い」「完全に強い」と思う存在感がある。
 この人がつまり、事件というものをいま現在に引っぱり出し、終わっていないことをリアルに立ち上がらせてくるわけである。演技なんてしたことがないのだが、もういるだけ、見るだけ、喋るだけで「何か」が匂ってくる。それは刑事だった時のオーラであり、解決できなかった無念である。彼がいる故にセミ・ドキュメンタリーに「再現ドラマ(当時の捜査から推定される事件当夜)」が挟みこまれても違和感がない。確信と重みがあるからだ。ある場面で彼が「ニイッ」とかすかに笑う瞬間がある。その瞬間の名状しがたい物凄さには「うわっ」と打ちのめされた。
 上記のように異様かつ切実さのある内容で、チャレンジングな作品であると言える。ただ映像、演出的には、いいショットを撮ろうとか絵になる映像をやろうとしていながら、常にどこか惜しい、何かしら微妙なものがわずかに足りない、といった印象を終始受けた。これはちょっと言語化しづらい。映画というのはむずかしいものである。 
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