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イニシェリン島の精霊のambiorixのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.0
いやー、これは困った😔 あの難解ヘンテコ映画『ホワイト・ノイズ』を頑張って読み解いた俺ですらお手上げ。何のこっちゃさっぱりわからなかった。監督のマーティン・マクドナーはイギリス演劇界の重鎮、という映画作家としては異色の経歴の持ち主。自分の決めたルールに対して異常なまでのこだわりを見せる、ともすればアスペルガーのきらいすらある登場人物たちを狭い舞台に放り込んで戦わせ、その過程で生まれてくるダイナミズムをフィルムの上に刻印してみせる、みたいな、言われてみれば確かに演劇っぽい語り口の映画を、長編デビュー作『ヒットマンズ・レクイエム』から一貫してやっているわけですけど、おなじみの作劇スタイルは今作『イニシェリン島の精霊』においても同様。ところが、この映画に関しては戯曲時代の脚本がルーツにあるとのことで、前3作のようにわかりやすく面白い作品などではなく、かなり抽象的というか寓話的なつくりになっています。『スリー・ビルボード』のようなエンタメ路線を期待して見ると肩透かしを食ってしまうことうけあいです。
1923年のアイルランド。本土の対岸に位置する孤島・イニシェリン島に妹と暮らすパードリック(コリン・ファレル)はいつものように行きつけのパブに足を運びますが、飲み仲間である親友のコルム(ブレンダン・グリーソン)から一方的に絶交を申し渡されてしまいます。お前さんとはもう話さんぞ、と。はじめは何かの冗談だと思ってまともに取り合わず、これまでと変わらない態度でコルムに接しようとするパードリックでしたが、当のコルムは大マジ。やがて2人の関係性は泥沼化し、他の島民たちにも波紋を広げていって…。てな具合にお話を俯瞰してみるとやっぱりこれは紛れもないマクドナーの映画なんだな、ということがわかる。おとぎ話的舞台装置、ミニマルに絞り込まれた登場人物、マイルールとマイルールがぶつかり合う会話劇。これら各要素のアンサンブルによって生み出される化学反応が観客を予想だにしない地点へと連れていく。
優等生的な解釈を施すなら、パードリックとコルムの関係性は、島の対岸でのべつにドンドンパチパチやりながらも画面の中では直截的に描かれないアイルランド内戦のメタファーだと考えるのが無難なのかもしれませんが、仮にこの作品が戦争の虚しさやコミュニケーションの断絶を訴える映画だったとして、それは果たしてオモロいのか? ぶっちゃけて言えば別にオモロくないと思う。
なので俺はメタファーに頼らないもうちょっとストレートな解釈をとってみたい。本作『イニシェリン島の精霊』は、何ら変わり映えのしない機械的なルーティンの不毛さに気づいてしまった人間たちが、それでもなんとか救いを求めて足掻いてみせるお話なのである、と。そうなってくると興味深いのが物語の語り手でもある主人公パードリックの立ち位置。というのは、メインキャラクターの中で唯一コイツだけが「絶望的な島の暮らしに対してなんの疑問も持たない人物」として描かれているからで、観客はディストピアものならおそらくモブ程度の役割しか与えられないであろう彼のフィルターを通して物事を見せられるわけです。ここがまずユニーク。実際に島での暮らしはルーティンに満ち満ちています。朝起きて家畜の世話をし、パブに行って仲間とバカっ話を繰り広げ、夜は妹と差し向かいでめしを食って寝る。ただそれだけの生活。パードリック以外の人間たちは徐々にそれが耐えられなくなってくるのです。コルムはそのことをもっとも過激に体現した人物です。妻もいないし子供もいない、後世に残せるものを何も持っていない。彼ぐらいの年齢になると限られた余生の中で自分に何ができて何ができないのか、ということがほとんど分かってくるわけですから、唯一の取り柄であるフィドルのための楽譜を書くことで、生きた証を後世に残そうとする。それは、本土にさえ出てしまえば自分の人生は変わるんじゃないかと信じてやまない妹のシボーンや、島民たちからバカだバカだと蔑まれながらも愚直にツガイを求めてやつらを見返してやろうと意気込むドミニクだって同じ。3人に共通するのはとどのつまり、「誰かに認めてもらいたい」「何も成し遂げないまま死にたくない」という普遍的な承認欲求なんですね。
じゃによって、100年前のアイルランドのクソ田舎を舞台にしつつも、やってることは現代社会に暮らすわれわれもそう変わらないんじゃあないのか。朝起きて会社やバイト先に行き、帰ってきてマスをかいて寝るだけ。「いやさ、おれは他の連中とは違うんだ、変わり映えのない暮らしなんざしちゃあいないぞ」という意見もあるでしょうが、バカっ話の中身をすげ変えただけではルーティンを抜け出したことにはならない。何かしらクリエイティブなこと、世界に影響を及ぼしうるようなことを成し遂げられる人間なんかそうそういないのだけれど、それでもなんとかして世間の耳目を集めたい、無名のカスでは終わりたくない、そう思うからこそ人は毎日毎日SNSにバズりを狙ったアホな投稿を繰り返す。自分の作った音楽を後の時代に残すためなら指を切り落とすことすらためらわないコルムも、スシローで醤油さしをペロペロ舐めてしまったばかりに今後べらぼうな賠償金を支払わされるであろうあの高校生も、根っこのところでは何も変わらないのです。ってなんだこのクソみたいなオチわ…😰
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