晴れない空の降らない雨

名探偵ホームズの晴れない空の降らない雨のレビュー・感想・評価

名探偵ホームズ(1984年製作のアニメ)
5.0
 宮崎駿が監督するはずだったTVアニメ。実際に彼の手が入った6話まで鑑賞した。
 『カリオストロの城』(1979)の後、宮崎駿はなかなか仕事が進まない状況に陥る。日米合作アニメーション映画『ニモ』のため高畑勲らと渡米するが結局離脱したり、『城』を観たイタリアのTV局から持ち込まれた本作の企画も著作権絡みでストップしたり。
 『アニメージュ』1982年2月号に『風の谷のナウシカ』の連載が始まるが、すぐに本作の企画が再始動する(宮崎は日中は本作をつくり、深夜に『ナウシカ』を描くという生活に)。
 ところが話は二転三転し、結局82年の5~6月あたりに本作は、著作権問題がクリアにならず、再び頓挫してしまう。その間に宮崎は6話分の絵コンテを描き上げており、一部が『ナウシカ』『ラピュタ』と同時上映された(最終的に完成したTV版と声優が違うらしい)。

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 宮崎駿のキャリアに本作を位置づけると、端的にいって「爛熟期」。腐る寸前の甘~い果実といったところである。
 本作は『ホームズ』のキャラクターをイヌ人に置き換え、アクションコメディに作り変えたものである。モリアーティ教授の間抜けな犯罪計画を、ホームズとワトソンが阻止するという一話完結式のストーリーだ。
 勝手知ったるテレコムの名アニメーターたちが加わり、美術監督も山本二三で、安定感抜群の布陣を敷いている。日本全体を見渡しても80年代はアニメーションの質がかなり向上したが、それにしても本作のクオリティはそこら辺の劇場版を凌駕している。
 だが、宮崎本人も述懐しているように、やっていることは「古き良き漫画映画の復活」と言えば聞こえはよいが、実のところマンネリズムである。もっとも、こういうことを思うのは「面倒くさいオタク」であり、本作のメインターゲットであろう人達(子ども)にとっては何の関係もない話ではあるだろう。
 その意味では間違いなく成功している。そして宮崎駿の趣味とも合致している。つまり、おおよそまだ蒸気機関がメインで、馬車と自動車が共存していて、小さな飛行機が郵便配達を始めた時代のイギリスを舞台にしているので、宮崎好みのメカを出したい放題なのである。それらを大暴れさせられる凄腕アニメーターもいる。というわけで、陸に海に空にと6話の中で全ジャンル制覇している。
 
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 本作が無事に宮崎駿監督のもとで制作されていたら、その後の歴史はどうなっていただろうか。ジブリは存在せず、彼はTVをメインに活躍し続けただろうか。『ナウシカ』やそれ以降の作品はつくられなかったのだろうか? もちろん現在我々が知っている通りにはつくられないだろうが、本作を観るに「漫画映画」路線の限界は明らかであり(彼自身が認めている)、どのみち宮崎は新しい道を切り拓いていくことになったはずだ。もし歴史が違えば、そうした作品は、映画よりはるかに長尺で観られたのかもしれない。それはそれで惜しい気持ちになる。
 
 何にせよ、今日こういった明朗で軽快なアニメがつくられないことは非常に悲しい。そんな私は海外作品に逃避するのであります。