シズヲ

ハズビン・ホテルへようこそのシズヲのレビュー・感想・評価

ハズビン・ホテルへようこそ(2024年製作のアニメ)
4.0
罪人を更生させるためのホテルを開業した地獄の王女とその住民達が繰り広げるミュージカル・カートゥーンアニメ。YouTubeで見れるパイロット版が実質プロローグであり、ホテル開業の経緯や世界観の提示などが分かりやすいのでそっちを先に見た方が良さげ。世界観を共有するらしいスピンオフ作品『ヘルヴァ・ボス』も気になるところ。

平たく言えば下ネタとバイオレンスに溢れた大人向けの汚いディズニーであるが、全編通して軽快なノリで進むのでそこまでどぎづさはない。治安劣悪の“地獄”を舞台にしたアクの強い世界観、個性的なキャラクター造形がとにかく強烈な印象を残す。カートゥーン調で描かれる登場人物達のビジュアルは非常に魅力的で、個性的で愛嬌のあるキャラ付けも相俟ってポップ&ダークなデザインセンスが際立っている。

アラスターの洗練されたデザイン(ラジオのようにくぐもった声というアイデアが良い)はある意味で本作の象徴であるが、彼に限らず主役・脇役・悪役など余すことなく魅力的な造形なので凄い。そういう意味でも本作は色調やデザインという面での絵的な映えが非常に大きくて、愉快な登場人物達のアニメーションを見ているだけでも楽しい。同性カップルやアセクシャル、“性的に搾取される男性”など、ジェンダーにまつわる多様な描写は海外作品らしい。

前述した通り下ネタや汚言などインモラルな要素には事欠かないが、いざ通しで見ると本作は毒っ気が全然無い。作中における天国と地獄の描写などの皮肉めいた要素はあれど、冷笑的なブラックユーモアの類いは殆ど見当たらないのだ。贖罪というテーマが象徴するように、社会の逸れ者による友情や苦悩をミュージカルに乗せながら描いた王道の作品なのである。作風が持つポジティブさに一貫して露悪性がないため、絵面に反してとにかく真っ直ぐな善性に満ち溢れている。

歌唱パート自体もあまり奇を衒わず、登場人物の心情を劇的に伝えるギミックとして率直に使われている。どれも良いけど特に「Hell's Greatest Dad」が軽妙洒脱で好き。そして“アウトサイダーである罪人の内面を肯定した上で彼らの救済を説く”という構図は、キリスト教を下地にした世界観を現代的なテーマ性で拡張させようと試みているような趣がある。チャーリーが目指していること、結果的には悪人正機や輪廻転生の概念めいてて何だかんだ面白い。

尤も、作中の目標にあたる“贖罪による天国への昇天”は言うほど魅力的には見えないのが奇妙っちゃ奇妙。ハズビンホテル組の疑似家族性が掘り下げられ、地獄側の過激な世界観も一種の奔放さとして映る中で、肝心の天国はアダムを筆頭に露骨な貴族階級として描かれているからである。アダムは一貫して横暴かつ傲慢な態度であり(愉快だけどね)、作中における天国と地獄の距離感やパワーバランスを端的に示す存在となっている。昇天を目指すこと自体は地獄の過剰人口解消を理由としているものの、作中では“エンジェルダストが昇天できるか否か“の議論も含めて専ら“昇天=更生者が辿り着くべきゴール”として触れられている。

そのうえで1期終盤においても天国側は結局“敵対者”の扱いで終わる(対話が決裂して全面抗争不可避になった途端にもう天使の殺し方の話になる)。本来“更生の終着点”として理想化されるべき領域でありながらも実態はマジョリティ的な支配層のコミュニティでしかない天国、「言うほど昇天したいか?」という不思議な後味になっている感じはする。まぁ続編以降でもっと掘り下げられる部分なのかもしれない。あとハズビンホテルの持つ善性や疑似家族性をより明確に見せるためにも、終盤戦へと向かう前にあと2、3話くらい日常回があってほしかった気持ちもなくはない。

“地獄をモチーフにした鮮烈なビジュアル”と“一貫して前向きな作風”というコントラストには独特の清々しさがあり、アクの強い外観に反して案外キャッチーで王道の内容である。それだけにもっと弾けたノリを期待していた層からは凡庸で物足りなく思われるかもしれないが、そのうえで本作の持つ真っ直ぐな善性には何処か憎めない味わいがある。
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