トケグチアワユキ

ちむどんどんのトケグチアワユキのレビュー・感想・評価

ちむどんどん(2021年製作のドラマ)
3.0
完走後 最終レビュー (2022.10.08.)

ビューを稼ぎたいネットメディアは、母数の多い朝ドラウォッチャーを煽ることで小銭を稼ぐ。
どんなものにも悪態つきたい方や揚げ足とりたい方は一定数いて、そんなノセられて騒ぐ程度のリテラシーの持ち主は、悪態や揚げ足とりにだって知性の有無は如実に表れることさえが知らず、画面を見て反応する。


たしかに大して面白いドラマではなかった。
それは私も同意する。
だから、ルーティーンとして観ている方々こそがフラストレイションをため込んで、何か言いたい気持ちになるのもわかる。
ただ、それは日々のストーリーへのツッコミでは何も解決しない。
事実、NHKのトップはこの作品に満足している報道がいくつも出ている。
そうなのだ。国会議員がつべこべ言ったところで、制作側は(少なくとも表向きには)満足している。これが現実だ。
私が制作者側だったとしても同じ態度だろう。
最低限の辻褄が合い、明らかな破綻さえなければ、あとは解釈の問題だ。タクシー料金を払うところがあろうがなかろうが大した問題じゃない。
それどころかちゃんとギャグにしている。
批判するなら、それなりの知性をもつべきだ。


せっかく選んだ沖縄復帰50年という大きなテーマがストーリーにほぼ影響していないのは残念だった。
嫌がられても、遺骨発掘作業についてはもっと描くべきだった。そこに和彦の父を絡めるべきだった。
描きこめば、最後の最後、母優子と妹のエピソードがもっと深く感動できただろうし、新聞社内で和彦が苦しい立場になっていくところに厚みが出たはずだ。

沖縄料理の描き方ももっと工夫が欲しかった。
せっかく主人公暢子が料理人なのに、プロになってからしっかり描かれたのは沖縄そばだけだ。
あとは料理の画に料理名のテロップをかぶせるだけ。
15分という短い時間の中で料理を作る工程を見せるのはたしかに難しいかもしれない。
でも、だったらマルチメディア展開すべきだ。
いや、極端な話、週1でストーリー休んで料理の日にするくらいの大胆な発想があってもよかったんじゃないか?
BSで放送した秀作ドラマ「京都人の密かな愉しみ -Blue 修行中-」では、ドラマの途中に京料理のコーナーをはさみ込んだりするような前例だってある。
それと、せっかく姉良子が地元の学校で食育に取り組んでいるのだから、最後ヤンバル(あえてカタカナ表記だからね)に戻った暢子の料理とリンクさせるべきだった。
ここは本当に残念でならない。
絶対つながると思っていたから、大きな肩透かしを喰らった気分だ。

今の朝ドラは、おそらく脚本家がひとりですべてのストーリーを組み立てているわけではないだろう。
会議室で、前期生い立ち編と、後期都会でがんばる編を決め、さらに凡その流れが設定され、毎週のエピソードを話し合って、そのガイドラインに沿って脚本家がホンに落とし込むという流れではないだろうか。
つまり、脚本家は会議のあとで何かを思いついたとしても、大幅な路線変更を生じさせるわけにはいかない。
としたら、このドラマは会議のアイディア出しが杜撰だ。
だから表面的で感情を揺さぶられることがない。
脚本家ではなく、プロデューサーに大局を見る目が欠けていると言わざるを得ない。

もしも、遺骨発掘調査と沖縄独自の野菜を使った食育にもっと時間を割いていれば、ニィニィは出さなくてもよかったかもしれない。


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最終回完走。
暫定でひとこと。

とりあえず、あまりに程度の低いツッコミを入れてわかった気になっているネットの意見を見て、バーカと言っておく。
金を払わない、病気が何だったのか&なぜ治ったのかわからない、3分で未来とか、ぜんぶくだらない。
映画やドラマは省略なんて当たり前だ、いちいちぜんぶ説明するものでもない。
刑事ものでカネ払ってるか?
戦争映画も時代劇も病名明かすか?
未来はテレパシーで話してるか?
そこを受け入れるのと何も変わらない。
観ているこちらもスルーするのがマナーだ。
リテラシーが低すぎる。

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伝わるかどうかわかんないけど、レストランオーナー大城房子役の原田美枝子が「クビィィーっ!!」って言ったときの、ちょっとした愛と茶目っ気を感じられるかどうかが、このドラマを好きになれるかどうかの分岐点だと思う。
石橋静香の母は既に還暦を過ぎ、今なおかわいい!!
最初は、まあ主に主人公暢子の家族だけど、なんか脳のシワがない人ばっか出てきてダイジョブかよと思ってたけど、だんだんおもしろくなってきたぞ。
父以外の家族はたぶん最後まで好きになれないだろうが。