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GCHQ:英国サイバー諜報局のotomisanのレビュー・感想・評価

3.9
 原題は「通告されない戦争」である。物語の大半は一年先2024年、ロシアから英国に向けた目的不明確なサイバー攻撃を政府の専門機関GCHQにインターン配属された大学生が半ばロシア機関に利用されながらも縦割り組織の悪弊を壊しつつ、ロシア側の離反者の助けも得て形勢逆転して阻む。半分活躍、半分意気消沈な話である。
 その間の彼女の相当な野放し状態がどこか不自然で、組織の統制が困難などんな事情があるのか裏話がどこかで生きてくる予感が . . . 外れる気がする。
 この攻撃によって生じた被害は英米間ばかりかファイブ・アイの結束を壊しかねないほど深刻で、各国相互の機密がWiki上にリークされてしまう。これをロシアによる事実上の宣戦布告を感じる向きもあるかもしれない。だが、どうやらこれもまだ序の口らしい。チェスの名人が続々と出る国の攻めは奥深い。

 もっと戦争らしい事態が英国のサイバー反撃後、突然ロシアのテレビ局から伝えられるが、筋違いなStPブルグの大病院壊滅の報と共に国防相による英国を名指しした批判として、英国のその無通告の先制攻撃がロシアの開戦理由となることを示唆する発言も公表される。つまり「通告されない戦争」とは世界に英国発の対ロシア戦争と印象付けられる事となる。
 これと同刻、英国軍の無線を始め、政府内の通信の多くが途絶し、核反撃能力も失われ、国籍不明機(それとて返答なしの特攻機なのか、照合発信自体が働かないのかも分からない)の接近がGCHQにも伝えられ物語は終わる。

 見る限り、「先制攻撃」はロシアの意図的誤報で、英国の通信困難も情報漏洩と同じロシアの周到な作戦であるが、これらの事実を英国民6700万は誰も知らないだろう。それを象徴するように、物語の登場人物は閣僚、GCHQ職員、ロシア機関員、つまり一部の訳知りと、かのインターン生周辺の人々、この一般の人々もほとんどが外国生まれの移民たちである。
 大多数9割の英国生まれをつんぼ桟敷において事態は深刻化してゆく。英国の視聴者9割はいやでも疎外感を募らせ、その他1割は居心地の悪さに苛まれたことだろう。

 物語の背景として、彼ら移民たちと移民排除を訴える人々との抗争が度々報じられる。他方、英国首相が現在のスナク首相を思わせる黒人マキンデ氏とあって、この物語の舞台、2024年も9割を占める白人たちの「権利の章典」を掲げた者たちの子孫とも思えない政治的無能それとも無気力なのか?を匂わせる。
 従って少数民族インド系のスナク首相が保守党党首選挙を対立候補者なしでパスしたように、庶民院過半数を占める保守党であるというのに政権の引き受け手がほかになしという国家指導での脱力という「新英国病」が2022年を飛び越えて開戦当日になってもさっぱり治ってないという死病の不気味さを伝えてくるのだ。

 むかし、ナチスが周辺国に難癖付けて侵攻した事と、今ロシアがウクライナに侵攻するのが似て見えるのだが、かつてはチャーチルが政権を引き受け、対独戦と挙国一致を呼び掛けたように誰が2024年にその号令を発する事ができるだろう。
 そんな文字通り火急の折陣頭に立つ首班の不在という不安の根源も、2022年に庶民院圧倒多数の保守党が不始末なジョンソン、組閣もままならないトラスの失墜ののち、ついにスナクに事を丸投げする責任放棄に出た事と、遡ってEU離脱での外患、移民だ国保だとの内憂の2019年、総選挙で大負けした労働党の力不足という英国の政治力の決定的減衰にあったのだろう。
 もっともそれを言い出せば王室砲兵廠以外の巨大重工業がみな死に絶えてしまうような状況も植民地維持も叶わなくなった事情も、からかいともつかぬ「英国病」も丸ごと恨まなければならないだろう。

 そんな様子を傍目にしながら環球的自由経済でなにもよいことのなかったプーチンがハートランドの盟主、理想のロシアに向かってここぞと決起するのも不思議じゃない。
 手始めのウクライナ蚕食のかたわら西側の弱点、無能の英国を切り離して民主主義的不安定での統治不能を持続可能状態へと持ち込むのだ。それを可能にするのも英国のお国柄、伝統の島国性、孤立癖でカトリックと対立し国教会を立ち上げたり、王と衝突して議会を権利を主張したりと突飛にふるまう性癖を逆手に取る事である。
 いままた、むら気にもEUを離れ、労働力給源を移民に求めざるを得なくなり、一層統治の混乱をきたして、二大政党は求心性を落し、うっぷん晴らし政党の乱立する中で尽きてゆく国力と国運、それと裏腹な気位の高さが声高さを増す移民への苛立ちによってことさら国への意識散漫を招く。そこに政治家の指導力不足、気位の低さと総選挙への介入で工作した「勝者保守党による不正疑惑」を乗っければ、根拠も不明で言い出しっぺ不明な悪いうわさで今後も容易に民情を掻き回せる下地ができてくる。
 こうして、ロシアに下手を打たされて、手痛く反撃されて国の威信を十重二十重と失えば、政治不信の愚民どもの妄動は止め処なし。これでしばらく好きなように手玉にとれば、プーチン国家によるロシアの失地回復も捗るというものだ。と、いう思惑が英国制圧の筋だったのだろうが、ロシア嫌いなロシア人が必ずいるというのが西側人の信じてやまないところなのだろうか。

 土壇場でロシアの機密がリークされて西側諸国の対英不信が収まっても、対ロシア戦の代わりに此度の国難で敵に内通した者を告発する動きが始まるのは必至だ。日本でもこれを外患誘致として処罰は死刑のみとしている。そのとき、すでに死んでいる老数学者が第一のいけにえとなるとして、第二の戦犯には誰が生け捕られるべきだろう?
 すでにロシアに翻弄されて進入路を提供してしまったと同時に第二撃を抑止した功績を挙げながらも、それも目くらましに過ぎまいと疑問視されるに違いない身の上であるインターン生サーラのマイノリティ出身という事がどんな政治利用に晒されるだろう。そして、あきらめないロシアはどんな手で彼らを翻弄し、英国の内憂を深め外患への手当てを誤らせるだろう。
 不快な状況の英国を背後から刺すようなこの話が、どこかパールハーバー攻撃を大統領は待っていたという陰謀論を思い起こさせる。日本からすれば、最後通牒を切られ宣戦通知でヘマのおまけも付けて反撃を受けて潰される成り行きが、時代も下って英国版でよみがえる。最後のリークでまずはロシアの反撃が回避されるのか、続編が気になる。
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