山田太一というだけで、正直贔屓目があります。
日本語の取り扱い方が最も好きな脚本家。
語り尽くさず、余白を残し、観る側に何とも言えない感情を呼び起こさせる。
とても正直な作品を描く人です。
こちらの作品もまた、人が生きる上できちんと見ていないもの、どこか頭に思い浮かんでもすぐに移り行くもの、そういった出来事や感情を、淡々とした言葉で、本質的に語っていた。
しかしながら、私はあるシーンでとても苦しい思いをしました。
孝平に言いたい。
押しつぶされそうなくらい、退屈な日常でいいじゃないか。
欲望を抑え込んで納得させて、状況が平坦になったら、今度は、また掘り返してひっくり返して散らかすなんて。
本能的にそういう欲求が起こるのはわかるけれども、そこで比較して、退屈さを選ぶ、そういう人であって欲しかった。
これは個人的な願いで、話としてはラストまで良かった。
あんなに大胆な行動に出た孝平が、いざ現実的に苦しい状況になると、咄嗟に記憶喪失を装うところ。
こういう展開にするのが、山田太一の才能だと思う。
そして特筆すべきなのは筒井道隆だろう。
素晴らしい演技だった。
この役は彼にしかできなかったと言えるほど。