シズヲ

ザ・ボーイズ シーズン1のシズヲのネタバレレビュー・内容・結末

ザ・ボーイズ シーズン1(2019年製作のドラマ)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

商業として管理される正義、資本主義の中で飼い慣らされて腐敗するヒーロー。痛烈なブラックユーモアに彩られたアンチヒーロードラマ。『アベンジャーズ』などのコミックヒーロー映画が娯楽の覇権を握る現代において、こういう反動めいた作品が堂々たる殴り込みを仕掛けてきたのは面白い。コミックヒーローを現実的に解体するというテーマそのものは既に『ウォッチメン』等が経由しているけど、本作は殊更に露悪的。スターの建前と実像の乖離、商業主義への傾倒、政治への介入など、ヒーロー風刺を通り越して芸能界風刺のような趣さえある。

作中に登場するスーパーヒーローは総じて虚飾で成り立っているタレントに過ぎない。後輩への性暴力を働く一方でカウンセラーに悩みを打ち明けるディープ、頂点の座に立つプレッシャーと後続に追い抜かされる恐怖から薬物に走ったAトレインなど、ヒーロー達の人間性は哀れなほど生々しい。“アメリカの絶対正義”であり、“狡猾で強硬的なタカ派”であり、“母性に飢えた孤独な子供”であるという歪な内面を抱え込んだホームランダーはまさしく本作の象徴。

そんなヒーロー達によって裏付けられる“ヒーロー不在の世界観”こそが本作の惨たらしさそのもの。『ウォッチメン』でさえロールシャッハは己の正義を貫き、オジマンディアスは曲がりなりにも世界を救ってみせた。でも本作ではそんな奴はいない。ヒーローや正義への哲学を追求しようとする登場人物は殆どいない。考えても仕方無いのだから。若々しいスターライトだけが辛うじてその立ち位置にいるけど、それでも今のところは枠組みの中で足掻くことが精一杯である。資本主義に組み込まれ、ビジネスとして消費され、正義の味方である筈のヒーローが“正しさ”を放棄している。残されたものは政治性と商業性のみ。冷ややかな絶望感に満ちている。

常人の集団がスーパーヒーローと対峙するというシチュエーションに加え、容赦なきバイオレンス描写やサスペンス要素の数々が緊張感を作り出している。序盤のトランスルーセント戦は“常人VS超人”というスリリングな展開と決着のカタルシスのおかげで特に楽しめた。ただ中盤以降は爆発するような山場もなく、アニーとのロマンスやキミコを巡るあれこれなど回り道のような話が続く。ヴォート社に迫っていく流れがじっくりと描かれているし、これも面白いことには面白いけど、正直もっとヒーローとの直接対決や動的なサスペンスを見たかった。ラストもまあ2ndシーズンへの引きだった。

当初期待していたノリはあまり持続しなかったので、結局のところ孤独で哀れで最悪なホームランダーの一挙一動こそが本作を見る上で最大の楽しみだったかもしれない。企業戦士であるヒーロー達のシュールな哀愁も印象的だったけど、途中から酷い目にしか遭ってなかったディープは正直笑った。しかし本作を見ていると“大いなる力に大いなる責任を持てること”がどんだけ偉いのかが逆説的によく解る。自分はそういうヒーローがやっぱり好きだし、改めて敬意を払いたくなるのだなあ。