耶馬英彦

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

3.0
 Nothing matter.
 普通は「何でもない」と訳す言葉だ。本作品では同じこの言葉が娘と母親の台詞で使われるが、その意味は異なる。
 中盤の娘の Nothing matter.は「(この世界に)意味のあることなんて何もない」という意味だったのに対し、終盤の母親の Nothing matter.は「何も問題ない」という意味だ。この意味の違いが本作品の世界観を分かりやすく物語っている。日本語字幕の担当者の洞察力が凄い。

 序盤は相対性理論や量子力学による宇宙観があって、少しワクワクする。ミシェル・ヨーはアクション女優でもあるから、久しぶりに彼女のカンフーアクションが見られたのもいい。
 新約聖書では税収吏は悪人とされていて、本作品に登場する女性の職員も、嫌味で高慢なクズに描かれている。そんな彼女がコテンパンにやられたり、物語の重要な役どころを担ったりするのは面白かった。「ウィリアム・テル序曲」や「月の光」といったクラシック曲が効果的に使われているのもいい。

 量子力学の壮大な宇宙観が家族愛の話に収斂されてしまうのは、ハリウッド映画らしい尻すぼみで、もう慣れた。おかけで終盤が冗長になってしまったのはマイナスだが、全体としては、CGIを駆使し、カオスとスラップスティックのドラマを演出しているところはとても楽しめた。

 中国語と英語が使われるが、字幕に出てこない言葉がある。ミシェル・ヨーの台詞「神経病(センジンビン)」だ。頭悪いとか、頭おかしいみたいな意味で使われる。字幕を出せないほどひどい言葉ではないので、過剰な忖度が働いたのかもしれない。

 新聞の論評で、一度観ただけでは理解し難く、リピートを促す作品だという文章を読んだが、ハリウッド映画らしい世界観の薄い映画だから、一度観れば十分である。LGBTや格差の問題、政治による弱い者いじめなどを盛り込んではいるものの、切込みは浅い。この作品がアカデミー賞にたくさんの部門でノミネートされていることには、違和感を覚えざるを得ない。Nothing matter.
耶馬英彦

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