diesixx

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスのdiesixxのレビュー・感想・評価

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笑いと驚きと困惑と感動が渾然一体で押し寄せてくるめくるめく映像体験。映画館を一歩出ると世界が違って見える久しぶりの感覚だった。
マルチバースって、話がどうでもよくなるリスクを孕んでいて、正直今のMCUはその陥穽にはまりかけていると思うんだけど、『スパイダーバース』や『NWH』成功の肝って、違う世界を生きている自分に気づくことで、孤独を癒したり、勇気をもらえる、というストーリーにした点ではないか。
本作はさらに一歩踏み込んで、「過去にあった無数の選択肢の中で選ばなかった人生を生きる自分」に思いを馳せる物語にすることで、より普遍的で共感性の高い物語になったように思う。人生とは無数の可能性を一つずつ潰していくこと。開かれた世界を死というただ一点の結末に向かって閉じていくこと。それはベーグルの穴のように空虚ではかない。そうはいっても、この生は、もう一人の自分が選びたかったかもしれない生涯。この道でしか巡り会えなかった人、得られなかった体験や感情が確実にあって、だからこそ人生には生きる価値がある…っていうのが自分の人生観に近い気がした。それは、他人の人生を疑似体験することで自分の生きる力に変えていくフィクションの意義そのものとも重なる。
そんな深遠なメッセージを伝えつつ、絵面はどこまでも馬鹿馬鹿しくて、くだらないのも良かった。エンタメのユニバース化と多元宇宙論、高密度かつハイコンテクストなストーリーテリング、アジアンパワーとフェミニズムなどなど後年2020年代を象徴する一本として語られるだろう傑作。

2023/09/10追記
Blu-rayにて再見すると、本作の「饒舌」が欠点にも見えたし、隙も多い映画だと思った。ただ一緒に見ていた妻はすごい泣いていたので、やはり本作には理屈抜きに人の心を揺さぶるパワーがあるのだと思う。
数年後には『ラ・ラ・ランド』みたいに半笑いで語られる映画になってそうだけど、断固支持するぞ。
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