こなつ

生きる LIVINGのこなつのレビュー・感想・評価

生きる LIVING(2022年製作の映画)
4.2
何て素敵な作品だろう。これは脚本のカズオ・イシグロの才能なのか、監督オリバー・ハーマヌスの手腕なのか、それとも日本の名匠黒澤明監督が生み出したオリジナル版の偉大さなのか。

オリジナル版は観ていないが、日本からイギリスという舞台へ移り変わった違和感が全くない作品に仕上がっている。

1953年といえば、日本同様まだあちこちに戦争の爪痕が残るロンドン。復興しつつある街。ピンストライプのスーツに山高帽子を被り、毎日同じ列車で同じ時刻に通勤するウィリアムズ(ビル・ナイ)は、役所の市民課に勤めている。部下達と程よい距離感をおき、煙たがられながらも事務処理に追われ、淡々と業務をこなしている。そんな自分の人生を空虚で無意味なものと感じていた。

そんな彼が癌により医師から余命宣告を受ける。手遅れにならない前に充実した人生を手に入れたいと仕事を放棄し、海辺のリゾート地で酒を飲み馬鹿騒ぎをしても満たされない。一人息子は一緒に住んで居ながらも父の変化に気が付かず行き違う。彼に新しい一歩を踏み出す決意をさせたのは、かつての部下マーガレット(エイミー・ルー・ウッド)の明るくバイタリティ溢れる姿だった。

英国紳士の気品を備えた初老のサラリーマンを、ビル・ナイが凛とした風格で演じていて圧巻。彼が演じるとただのサラリーマンも格調高く見えるから不思議。劇中、彼の歌う「ナナカマドの木」というのはスコットランドの民謡だが、聞いた事のある旋律に懐かしさが胸に迫り、しみじみと聞き入った。ウィリアムズ夫人がスコットランド出身という設定だが、カズオ・イシグロ夫人の故郷もスコットランドなので、そういうところから選ばれたのかもしれない。

ラストで切々と歌い上げたビル・ナイの哀愁に満ちた歌声がいつまでも耳に残る。

オリジナル版 143分
リメイク版 103分

40分も短縮されたリメイク版がこれ程までに完成された作品になっているので、オリジナル版は是非とも観たいと思っている。
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