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小さき麦の花のSPNminacoのレビュー・感想・評価

小さき麦の花(2022年製作の映画)
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男と女とロバ。土壁に開いた窓から顔を出すロバからパンして雪の降る外、男女が黙々と食べる家の中へと。やがてロバと外にいる女と小屋で一人食べる男が1フレームに収まる。その後も男が行く所へついて行く女とロバ。2人と一頭は経済発展とは別のフレームに置かれている。
結婚からしてそうだが、ヨウティエとクイインは使役労働のロバと同じで、利用価値のある時だけ大事にされる。だが、2人はお互いを大切に労わり合う。焚き火の炎、夜道でお湯を温める光、段ボール孵卵器で揺れる電球光が2人を照らす。クイインや麦の芽、ツバメ、雛鳥、小さな生きものはそれほどひ弱ではない。季節を追って育つ麦、土から作り上げる2人だけの家。毎日の重労働と共に強くなる夫婦の絆。
けれど、その昔ながら慎ましい生活の枠内に世知辛い現代社会や消費文化が度々割り込んでくるのだった。邸宅やBMWを持つ地主と小作人がクッキリ対比されるが、その地主や他の労働者たちも豊かさや幸せを比較すればキリがない。ロバの方が幸せと感じたクイインが、優しいヨウティエにさえ時にロバより役立たずだと比較されることもある。一方で、彼女は幸せ者だと言う人もいる。そして夫婦の幸せは世間からは哀れと見なされる。
ヨウティエとクイインは土と水。水が枯れた砂漠に放たれたロバと、農地を捨てるヨウティエの振り返って立ち去る姿。草のロバから芽吹く麦、最後を見つめるロバの頭。食べるのに始まり食べるのに終わる、土から生まれ土に還る。壁のフレームの中に収まったクイイン。
「名もなく貧しく美しく」な話はあまり好きじゃないし、思った通り残酷で感傷的な結末だけど、でも素朴というにはザラザラと無骨な手触りだ。大きなものに踏みしだかれていく小さな尊厳(農地を耕すのも重機で取り壊すのも似た光景だ)への鎮魂歌。鈍色の空、土色の画面で身につけた青だけが鮮やか。
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