愛しのエリー
2022年 アメリカ作品
『マザー!』のダーレン・アロノフスキー監督作品。前作は、キリスト教をテーマとしながらも全く救いが感じられない物語でしたが、本作には救いがあり、鑑賞後の余韻がよかったです。
主人公チャーリー(ブレンダン・フレイザー)は、僕が今までに観たヒューマンドラマ系の映画の中で最重量の巨漢。自虐的に自分の姿を「おぞましいだろう?」と誰彼に問いますが、何となく清潔感があって、温和な人柄とつぶらな瞳におぞましさは感じられず。特殊メイクのリアルさも相まって興味深いキャラクターでした。
舞台は、ほぼチャーリーの暮らす薄暗いアパートの中。物語は、終始暗いムードで進みます。
「語り手は自らの暗い物語を先送りする」
自らの暗い物語を語り出したチャーリー、ほの明るい今と未来が見えてくる過程に、認知症のケアメソッド「バリデーション療法」(ナオミ・フェイル)が思い出されました。
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認知症を患う高齢者は、自分の言いたいことを言葉にすることがむずかしくなります。その結果、周囲から孤立してしまいます。バリデーションでは言葉よりも、感情を表出することを重視します。
認知症ケアには、本人が感情的にならないように配慮して、なるべく穏やかに過ごしてもらうという考え方もありますが、バリデーションはそれとは真逆のアプローチ方法をとります。
悲しみ・怒り・怖れ・不安といったマイナスの感情も抑え込まずに表に出してもらい、その感情に対して受け手側が共感するという手法で、その目的は、思い残しや心の傷といった、人生における未解決の課題への取り組みを支援することです。
負の感情を表出させ、その苦しい気持ちに対して受け手側が理解を示すことで、高齢者が自身の人生の意味や存在価値を確認できるように手助けするというわけです。そうすることで、本人が抱えている喪失感を埋め、「ストレスや不安の軽減」「BPSD(行動・心理症状)の緩和」「自尊心の回復」「途絶していた他者との交流」といった、いろんな問題の解決につなげようというものです。
さらに、バリデーションによる効果が期待できるのは認知症を患っている本人だけではなく、世話をしている家族や専門職の人たちにも多くの効用をもたらすことができるといいます。認知症の人の言動を理解することによって、お互いに信頼関係を築けるようになり、その結果、家族のフラストレーションは緩和され、専門職の人は自分の仕事に自信をもつことができるようになるというわけです。
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チャーリーは、愛娘のエリーへ自身のマイナスの感情を表出することができました。マイナス感情の表出は、父から娘への一方的なものではなく、娘から父へも、双方向になされたようでした。
その結果、父・チャーリーも、娘・エリーも、二人が共に自身の人生の意味や存在価値を確認できたようでした。また、各々が抱えている喪失感を埋め合い、「自尊心の回復」「途絶していた親子の交流」といった問題が解決に向かってゆく様に“救い”を感じ取りました。
「どんな人であれ誰かを気にせずにはいられない」
アランの妹で看護師のリズ、作品の重要なテーマにもなっているメルヴィルの『白鯨』も興味深かったです。