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ハッチング―孵化―のbutasuのネタバレレビュー・内容・結末

ハッチング―孵化―(2022年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

かなり好き。なのだが、どこが好きなのか言葉で説明するのが非常に難しい。

"理想の家族"の動画配信に夢中な母親の元で育つ少女ティンヤの苦悩。母親に褒めてもらいたい、認めてもらいたい。その一心で体操の練習に打ち込むが、母は大会の生中継のために結果のみを求め厳しい練習をさせる。何とか"理想の娘"になろうと必死になるティンヤだが、母親はというと"理想の母親"とは程遠く、都合の良い理屈をつけて平然と浮気をしていた。もうこのティンヤが抱える孤独感がえげつなくて本当に可哀想で、すっかり彼女に感情移入してしまった。

そんなティンヤの唯一の希望が拾ってきた卵だった。中から化け物の鳥であるアッリが孵化しようとも、それは彼女にとっての癒やしで救いだった。アッリが悪さをしでかしても、叱りつけるだけでむしろ庇うような行動をとる。そうしてティンヤが庇いきれなくなるまでアッリの行動が悪化したときにはもう手遅れ。アッリを殺そうとした母親からアッリを庇ってティンヤは死に、代わりにティンヤそっくりの不気味なアッリが完成して「ママ…」と呟き映画は幕を閉じる。

最低限の描写のみで構成された90分しかない抽象的なホラーのため、解釈はいかようにでも可能である。シンプルに冒頭母に殺された鳥の呪いだったと考えることもできるし。徐々に形態を変化させていくアッリは、思春期の肉体変化のメタファーでもあったと思う。自分は、少女の抱えきれない苦しみが具現化したのがアッリだったのではないかと感じた。本当の自分を押し殺し、作った笑顔で暮らす日々。アッリは抑圧されていた生身の感情そのものではないだろうか。それはあまりに無垢で自由でグロテスクで、だからこそ人から隠す必要がある。それは自分が生きるためには周囲の犠牲を厭わないし、いざ表に出てしまうと周囲を恐ろしく傷つけてしまう。

序盤、夜中一人になったときに、彼女はとても愛おしそうに卵を撫でる。しかしいつまでも卵のままではいられず、とうとう彼女の感情は孵化し、手に負えなくなっていく。しかし最後は"それ"を庇うことで彼女は死に、完全に何も考える必要のない、本能のままに生きる存在として生まれ変わるのだ。それがこの映画で彼女に用意できる救いだったのだとしたら、なんて悲しくて残酷なのだろうか。"それ"を殺そうとすることが最初で最後の心からの母との共同作業であったということも切ない。

アッリの造形(CGではなくちゃんと作られている)やカメラワークやロケーションなど、映像が本当に素晴らしい。主演の少女、シーリ・ソラリンナも最高だった。北欧ホラーはこの手の尖った作品をバンバン出してくるから面白い。シンプルに心に突き刺さった作品だった。
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