グラビティボルト

はい、泳げませんのグラビティボルトのレビュー・感想・評価

はい、泳げません(2022年製作の映画)
4.5
思わぬ掘り出し物。
渡辺謙作監督作品、見逃し注意だったわ。
すっげぇ好き!
まず、水が死ぬほど嫌いな長谷川博己がどうして綾瀬はるかの水泳教室に通うのか?という「行動の理由」を、凡百の映画、ドラマならネチネチ語る所を、キレ良く後回しにしてまず、緊張しながら受け付けに行く、トントン拍子で受講する事になる、震えながら顔を水につける、バタ足してみるといった動作で映画を繋ぐ。
笠松則通のシネスコを活かした撮影も見事だったけど、今回は編集がとてもユーモラスで印象的だった。
特に気に入っているのは、綾瀬はるかに
「もっと無心で泳がなくては」と指導されて、巧く泳げなかった長谷川博己が、次のショットで友人の寺に赴いて座禅を組んでいるテンポ感。
「無心がわからない、どうしよう?」みたいに悩む心理と移動を大胆に省いてまさかの座禅!この意外性と、キレの良さね。
後、長谷川博己が帰宅するシーンで彼の顔が一瞬影に全面覆われるショット一発で、この映画全体に若干漂う不穏を具体化するのも凄い。
綾瀬はるかも、瞬き少なめで腰に手を付いて講習するインストラクターぶりが見事で、何なら「トップガン」より遥かにアメリカ映画的なスポ根イズムを漂わせていた。
彼女は序盤〜中盤までほぼ泳ぎにしか関与せず、長谷川博己の内面の葛藤にはほぼタッチしないんだけど、あの素晴らしい分割スクリーンの場面で、フレームを凌駕してから徐々に距離を詰めていく展開になっているのが、脚本と演出のキレイな融和を感じさせて、本当に見事だった。


他にも、25mプールのロケーションを徹底的に活かすシネスコ、麻生久美子との居酒屋の場面のケレンとそれを発揮するタイミング、プールを使った「過去に戻ることは出来ない」という無情の表現、
初めて25m泳ぎきった時のフルショット、クライマックスのフレーム外から飛び込んでくる声と身体・・・素晴らしい細部の連なりだった。

今年ベストは間違いないし、何なら
2020年代中かなりの上位だと思う。
麻生久美子との公園の場面ではまんまと泣かされた。あれこそ驚きを伴った演出でしょう。 
「手を伸ばす」という動作が、あの残酷なモノクロの過去との対比になっているのに、それを台詞に起こさない品格も見事。