きゅうげん

NOPE/ノープのきゅうげんのネタバレレビュー・内容・結末

NOPE/ノープ(2022年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

現代ホラーの旗手、ジョーダン・ピール監督の最新作!
新世代のクリエイターとして「ぼくのかんがえたさいきょうの“接近遭遇”」を観せてくれるのか、と期待していたらそれ以上に映画愛あふれるものを目撃できました。

謎の落下物事故で父を失った牧場経営主の、おも〜い兄とかる〜い妹。かわいい電気屋と気難しい名カメラマンを巻きこみ、原因とおぼしいUFOの撮影に挑むが……、という内容。
注目すべきは、近所でテーマパークを営む元子役のジュープ。主演していたシットコムで起こった事件がトラウマとなっており、これが彼のドラマの根幹をなすと同時に、本作における“接近遭遇”のスペクタクルに重要な意味を付与させています。

そもそも映画をはじめ映像的な大衆芸能は、本質的に見世物です。この「見る/見られる」関係のなかで起こるエンターテイメントの消費は、ともすれば社会的・経済的・肉体的・精神的な搾取の構造になりやすいものです。
チンパンジーや子役、撮影専用馬の調教師などはそんな弱い立場へ陥りがちな存在を象徴するキャラクターと言えるでしょう。
そんな存在がたどる道は二本しかありません。内面化して振る舞うか、破滅的に振る舞うかです。過去の栄光やトラウマを生活の糧にしているジュープは前者であり、チンパンジーやUFOは後者でしょう。ジョーダン・ピール監督はインタビューにて「見られる業界に身を置く本当の怖さは、注目を求め続けてしまうこと」と述べています。
だからと言って、被差別的な立場の存在の爆発的なカウンターを恐れろ……というわけではありません。それこそ馬の調教師のような、相手を理解し尊重する態度が重要なんだと思います。
冒頭の「わたしは汚らわしい物を、あなたの上に投げかけて、あなたをはずかしめ、あなたを見ものとする」(旧約聖書ナホム書・第三章第六節)は、含意ある引用と言えますね。

また、それに併せて意識的に配されたであろうモチーフは「映画を撮る」という要素。
バズりたいという軽薄な腹積りの妹エメラルドや、取り憑かれたような行動から身を滅ぼしたホルストなど、いずれも映像に関わるクリエイターの在り方として、あって然るべき姿勢です。ある意味でそれは、表現者冥利に尽きるものでしょう。
はっきり批判的な描かれ方をしているのは、守るべきものを守らず敬うべきものを敬わないCM制作現場くらいです。
この作品でキャラクターの個性や言動に仮託されている色々なことは、すべて真摯な映画制作への賛歌であるのです。それはコロナ禍という苦境のなか、現場のスタッフや昔馴染みのプロデューサーなどと頑張って映画をつくった監督自身に帰着するメッセージでもあります。



ところで、有機物と無機物の間みたいなジーン・ジャケットが最高ですね。カニ・ウニ・クラゲ・ユリなどを参照したというデザインセンスは、「本能的な生命感×正体不明のマテリアル感」があり、エヴァの使徒にも比肩するレベル。
特にあの布っぽさ・ビニールっぽさは発明ですね。生物でもなく機械でもない絶妙さたるや。地球上のものとは全く違う身体構造が、怖さに拍車をかけています。
ガーランドとかチューブマンとかビニールテープの利用はその点とても示唆的で、監督の映画力の高さを再確認しました。

あと兄妹がなんだかんだ仲良いのがナイス。
人間的には正反対なキャラなのに、いざという時はふたりのパワーで頑張るの、イイっすね!
ピール監督らしい過剰なまでのオプラいじりも、兄妹のしょーもない会話感あってほほえましい。

※追記
吹替版も好印象。
直訳じゃ伝わりにくいギャグや日本では認知度の低い固有名詞などは、当たり障りない程度に意味の通る表現で置き換えられており、ちょうどよい温度感です。
何よりホルストの突飛な行動について「マジックアワーというシャッターチャンスを逃すか!」という、撮影監督の魂をちゃんと盛り込んであるのがいい。字幕版だとちょっとよく分からないですからね。