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ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行のnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.2
 近年、シネフィルという言葉がこれ程蔑まれ、見下げられる国は日本をおいて他にない。映画について何か語ろうと思えば思うほど潤いのある生活など望めず、ただただ生活は貧しくなる。現代人の可処分時間は限られているのだ。今は早送りで映画を楽しんだり、10分解説に溜飲を下げる時代なのだ。そんな時代にマーク・カズンズは苦行としか言いようがないキュレーションと横断的な目次作りで、辛抱強く拡張を続ける映画の本質を捉えようとする。既にドキュメンタリー監督として10数作品を手掛け、作品作りの難しさを思い知るマーク・カズンズは脚本上のペテンには一切興味を示さず、フレームの中に在るものだけを観て論ずる。ハネケでピックアップされる作品が『愛、アムール』ではなく『ハッピーエンド』だし、スピルバーグやイーストウッド、ダルデンヌ兄弟の作品には一切の言及がない。ここではパルムドールやアカデミー作品賞などの権威は無視され、刺激的な映像とそれに付随する的確な解説だけがシームレスに繋がって行く。是枝裕和と小津安二郎との比較に目新しさはないが、冒頭の苛烈なモンタージュの中に聖なる香川京子のクローズ・アップが登場した時点で監督の只者ではなさが伝わって来る。中盤以降、アレクセイ・ゲルマンの遺作を取り上げた辺りからキュレーターとしては少しずつギアを上げる。特にGO PRO登場以降の『リヴァイアサン』への言及やポン・ジュノ『パラサイト 半地下の家族』の構造論は絶品で、その中でも特にアピチャッポンとツァイ・ミンリャンへの言及場面は圧倒的で、知的・映画的好奇心をくすぐる。

 予告編を観る限りでは、2010年以降に生まれた映画の中から名作と呼ばれる作品を111本取り上げながら、様々な分析を試みるドキュメンタリーに思えたのだが、はっきり言ってそのようなカタログ・ガイド的なものとは、志の部分が違う。『ストーリー・オブ・フィルム』というタイトルから映画の中でも「物語」的な考察なのかと思ったが、専ら映像だけに特化して語られる。冒頭の『ジョーカー』と『アナと雪の女王』の紹介は完全なる踏み絵で、一丁目一番地に踏み入ったに過ぎず、そこから徐々に映像の深淵へと足を踏み入れて行く。111本のうち私が観ていたのは67本で、これが多いか少ないかは各人の判断に委ねられるものの、往年の映画だけでなく現代の映画もそれなりに観ている自負の在る自分は、この事実にただただ驚愕した。誰しもが観ていない作品にこそジェラシーを感じると思うが、まったく洟も引っ掛けなかった作品がキュレーションを務めたマーク・カズンズにとっては歴史的作品だとして紹介されて行くと、無性に気になり出す。観ていない作品こそひたすら気になり始め、DVDを片っ端から調べ上げ、ポチって行く。365日映画を鑑賞する男というのはマーク・カズンズの異名だが、そんなものは大して偉くも何ともないと思うものの、率直に言ってこのラインナップと見識には舌を巻く他ない。さぁ今日もまた新しい映画を観よう。
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