いわし亭Momo之助

線は、僕を描くのいわし亭Momo之助のレビュー・感想・評価

線は、僕を描く(2022年製作の映画)
3.1
“線は、僕を描く” のであって “僕は、線を描く” のではない。このタイトルこそが この作品の性格を実に上手く 言い当てている。作中 兄弟子が “何かになるんじゃなくて 変わっていくものなのかもね” と話すが つまりは 線が 僕を変えていくのである

水墨画という きわめてニッチで 何とも映画的ではない むしろ 静止画 という言葉が相応しい世界観を 馴染みのない鑑賞者にも非常に分かり易く 丁寧に描いている。墨の香りが 画面から 立ち上るような この見事なチャレンジには ひどく感心させられたが 同時に この作品の持つタイム感覚~映画の中を流れる時間が 実は けっこう苦手だったりして 少々 戸惑った。実際 小泉徳宏監督の『ちはやふる』は大好きな作品で 広瀬すずの代表作と言っても良い とさえ 思っているから 猶更だった
ジャン=リュック・ゴダールとか ジョン・カサヴェテスとか 一般的に相当 評価が高い監督なのだが いわし亭は彼らの作品を ちゃんと鑑賞できたためしがない。映画が始まると同時に 深い睡魔に襲われ 気が付くと エンドロールが流れている という経験ばかりしている。何度 チャレンジしても ことごとく結果 そうなってしまうのだが これはもう 彼らの作品に流れるタイム感覚と いわし亭との相性が 悪い としか 言いようがないのである
今回 日本のある意味 アイドル 青春映画から この感覚を得たことは 本当に意外で かなりな驚きでもあった。作中 相当に色々なことが起こるにもかかわらず 結果として 作品の中を流れる時間は 実に 静謐なのだ。例えば 洪水で家族が被災したことを知った霜介が 絶叫しながら駆け出すシーンには 音がなかったりする
だから ドラマの挿入歌とエンド タイトルのバックに流れた騒々しい曲が 物凄い違和感で ここまで 端正に丁寧に やっておきながら 正に 画竜点睛を欠く 結果になっている。つまらないプロデューサーが お気に入りのバンドをゴリ押ししたのだろう

清原果耶は 動かない役者で 彼女の場合 主人公のわきでドラマの成り行きを じっと見守る定点観測者の位置づけ ~伝奇映画に登場する身体の不自由な人といった類の~ が実によく似合う。彼女がもともと まとっている雰囲気がミステリアスで 実態のない陽炎のようでもあり 現実離れしていて 例えば NHKの朝ドラ『おかえりモネ』や 現在 日本テレビで放送中の『霊媒探偵・城塚翡翠』などは 実に はまり役だと思う。特に  城塚翡翠 は存在自体が 超自然的な分 その位置づけが絶妙で キャスティングした方 グッジョブ! 本作の篠田千瑛もまた 動かないシーンの連続でありながら それが逆に映画的で 絵がもってしまうのだから 大したものである  
江口洋介は 動けない役者で 大友啓史監督『るろうに剣心』等のアクションシーンなどを見ると あまりの不出来に うんざりさせられるが 動けないことで存在感を見せつける 例えば 岩井俊二監督『スワロウテイル』で演じたマフィアの大物リョウ・リャンキは 素晴らしかった。今回 演じる兄弟子の西濱湖峰は 誰も見ていないところで 色々な役割をこなす縁の下の力持ち的な頼りになる兄貴のような存在で 正に目に見えるところでは 動いていないキャラなのである。霜介と食材を買い出しに行くエピソードなど 実に楽しい
横浜流星は 動ける役者で 小学生の時から極真空手を学び 中学3年生の時に国際大会で優勝した程の腕前の持ち主。『仮面ライダーフォーゼ』でテレビドラマに初出演後は もちろんその高い身体能力を生かした役柄が多く こうした静かな作品はミスキャストか とも思えたが 非常に高いアジャスト能力を見せ 細かな表情やちょっとした動きで 控えめだが内に強い芯を持ち つらい過去にじっと耐える青年 青山霜介を好演している。最後の巨大水墨画に挑む場面での ブレない体幹の素晴らしさは 動きの少ないシーンながら 実はその内側で 筋肉や骨格が大きく躍動している感じが よく出ていた。彼にとっては 大きくステップ アップできた作品となったに 違いない