YasujiOshiba

ダークグラスのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

ダークグラス(2021年製作の映画)
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某所でドイツ版BD。面白かった。これまだ日本に来る予定がないらしい。BDスルーなのかね。もったいない。80歳を越えてアルジェントが若返ったように感じられた。

 脚本がよい。もちろんアルジェントだから、辻褄があっていないようなところもある。あるのだけれど、映像に説得力がある。なんといっても冒頭のシーンがよい。黒い板を持って空を見上げる人々。太陽が消えるのは、世界の終わりだと信じられていたらしいというセリフは、そのまま物語の前触れとなる。

 サングラスで目を覆うディアーナは、太陽を月が隠す日蝕とパラレルの関係にある。なにしろディアーナは、その名前の語源に「dīus」(空の、輝かしい)という意味を持つ。空の輝かしい光、それがディアーナであるならば、その美しい視線をサングラスで覆うのだから、天体ショーと地上の彼女は呼応する関係にある。

 もちろん世界は終わらない。しかし、一度は終わりそうになる。それがアルジェントの新境地なのだろう。なにしろディアーナは太陽の化身なのだ。演じるのはイレーニア・パストレッリ。初めて見たのは『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』(2016)で、すごく印象的だったのを覚えている。

 まずはそのローマの下町訛り。リアルで、色気があって、下品だけどエロチックで、強がって聞こえるのに、どこか純真な響き。なるほど、イタリアで人気のTVのリアリティショー『グランデ・フラテッロ』を勝ち抜いただけのことはあると思ったのだけど、アルジェントはその彼女をこの映画の中心におくと、その瞳を黒いメガネ(Occhiali neri)で覆ってしまう。その着想がよい。

 視力を失った彼女の杖は3つ。アーシア・アルジェントが演じる視覚障害者の社会復帰を助けるトレーナーのリータと、警察犬にして盲導犬(そんな犬いるんかね?)のネレーア(このワンちゃんはメスなんだよね)。それから香港系の移民の子のシン。彼の香港のおばさんがディアーナと同じ職業をしているというのが、ラストにうまく生きてくる。

 あとは、世界の終わりのような闇へといかに落ちてゆく。そこからどうやって抜け出すか。一緒に観たシノザキさんの言わせると、あそこも、あそこも、サスペリアと同じカットだったとか、死ぬまでの苦しみを永遠にカメラで追いかけるのがアルジェント節だという指摘に膝を打ち、「それにしてもすごいよね。齢80を超えてこれを撮るんだもの」というコトバに深く頷く。

 そうなんだよな。フェリーニだって『ボイス・オブ・ムーン』はさんざんの言われようだった。でもケジチに若返ったと感動していたし、僕もそう思う。アルジェントも同じ。ここには、これまでのアルジェントが反復されながら、ひとつ上の高みにあがって輝いているのではないだろうか。僕はそう思った。

 でも、イタリアの収益は制作費の10分の1だそうだ。日本で公開しても稼げないかもしれない。BDは少しは売れるのかな。それでアルジェントのフィルモグラフィーは、この作品抜きに語ることはできなくなった。そしてアルジェントという人は、ただのジャンル映画の監督なんかじゃない。僕はそう思う。
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