緋里阿純

Pearl パールの緋里阿純のレビュー・感想・評価

Pearl パール(2022年製作の映画)
3.5
【自主制作ポルノ映画の撮影の為、田舎町のとある農場を訪れた若い男女グループが、農場の持ち主である殺人鬼老夫婦に襲われる】という、殺人鬼を老夫婦に設定した点、若さと老いの対比や若さ故の自由奔放なセックスに対する老婆の嫉妬心を描いた新感覚ホラー『X〈エックス〉(2022)』の前日譚。あの強烈な印象を残した殺人鬼老婆が如何にして誕生したのかが明かされる。

元々、3部作構成で企画されたものらしく、前作の上映終了後には本作の予告編も流され、楽しみにしていた作品。

1918年、ダンサーとして映画スターになる夢を持っていたパールは、厳格で高圧的な母親の下、流行病に罹患した父親の世話、農場の家畜の世話をする日々にフラストレーションを募らせていた。ダンサーを夢見ているとはいえ、実際に人前で踊った経験はなく、観客は家畜達。また、この時点で既に結婚しており、旦那を婿として迎え入れていたが、第一次大戦に徴兵されて会えないという状況。

街に父親の薬を買いに行った際に偶然知り合った映写技師と不倫関係に落ち、ポルノ映画という自由な芸術性と可能性に満ちたヨーロッパに渡る提案をされる。同時に、義妹から国内を巡業するダンサーを募集するオーディションが開催される事を聞かされ、まだ見ぬ外の世界への思いが一気に膨れ上がっていく。
しかし、そんなパールの思惑や行動を全て見抜いていた母親が立ち塞がり、口論の末誤って母親を殺害(厳密には火傷を負わせ重傷)してしまう。それが決定打となり、自分の中で何かの箍が外れたパールは、次々と人を殺めていくーー。

旦那が戦地に居り性欲を発散する場もない為、畑のカカシに跨がり自慰行為に耽るシーンは、エロとホラーが共存する不穏さに満ち溢れた非常に優秀なシーンであり、あのシーン1つで「あ、コレは間違いなくあの老婆だ」と前作を想起させてくれる。

義妹に自らの心の闇をワンカットで語り続けるシーンや、殺害した義妹を斧で解体して鰐の餌にする様子、遺体と共に腐って蛆の湧いた豚の丸焼きを食卓で囲む構図、エンドロールの不気味な笑みと涙を浮かべるパール等、クライマックスに印象的なシーンが連続し、一気に畳み掛けてくる様子は非常に好み(話が逸れるが、遺体と共に食卓を囲むシーンは、昔『誕生日はもう来ない』という80年代スプラッターブーム期のカナダ映画でも観た気がするのだが、やはりこの悪趣味さは人気があるのだろうか?)。

パールにとって、夢だけが過酷な日々を生きる唯一の支えというのは個人的に刺さる。だが、オーディションの経験すらなく、夢ばかりを募らせて燻っている姿は、少々理解に苦しむ。あの高圧的な母親の下では、街に出てチャンスを掴む事すら難しいとは思うが…。
教会でのダンスシーンが、上手いのかどうかが微妙なところというのもポイント。審査員曰く、「ダンスは上手い(ただし既視感)が、求めているのはアメリカ的なブロンド美人と(ダンスの)新しさ」だそうで、黒髪のパールでは容姿からして不合格になる事は決まっていたとは思うが。
ここで合格したのが(予想通りとはいえ)ブロンド美人な義妹というのが、前作で老婆が「ブロンドは嫌いだよ」と語って、まさにブロンド美人を池に突き落として鰐の餌にするシーンの理由に繋がるというのは面白かった。

全体的に、印象的なシーンや個人的に刺さる部分があり、好きな作品ではある。だが、やはり前作の“老夫婦が若者達を惨殺する”という抜群のアイデアから来る面白さと比較してしまうと、普通のシリアルキラーによる、普通のスプラッターホラーという印象は拭えない。何せ、この時点でのパールは若いのだから。
また、これは友人の談だが、親を介護し、夢を追うも破れて凶行に走るというストーリーは、ホアキン・フェニックスの『JOKER』と重なり、本作は女性版JOKERと言っても良いとの事。なるほど、確かにそうだ。だからこそ、前作だけでなくそちらとも比較してしまうし、相対的に評価は“普通”とならざるを得ない。

今作の上映終了後には、次回作の予告編は無かった。だが、どうやら完結編のタイトルが原題で『MaXXXine』らしく、となると、『X』の主人公であったマキシーンが狂ってしまう事になるのだろう。

しかし、出来れば完結編は、夫婦がシリアルキラーとなって人々を殺めていく様子を年代毎に見せてほしかった…。今作は、パールがシリアルキラーとして覚醒するまでであり、夫のハワードは戦地から帰宅してパールの狂気を目の当たりにしたところで終わる。何故、ハワードまでもがパールと共に凶行に走るのか、納得のいく説明は足りないように思う。もしかすると、戦地で数多くの死を目の当たりにした経験や、パールを置いて行ってしまった事で彼女が狂ってしまった事に対する罪悪感が、彼の中でも何か箍を外すキッカケとなったのかもしれないが。

とはいえ、この狂気に満ち溢れたシリーズがどのような結末を見せるのか。それは非常に楽しみであるし、間違いなく劇場に足を運ぶだろう。
緋里阿純

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