緋里阿純

アルキメデスの大戦の緋里阿純のレビュー・感想・評価

アルキメデスの大戦(2019年製作の映画)
4.0
超大型戦艦「大和」の建造を巡り、数学によって戦争を回避しようとした1人の天才の活躍を描く戦争映画。原作は『ドラゴン桜』の三田紀房先生による同名作品で、現在も連載中(2023年12月時点)。

山崎貴監督の最新作『ゴジラ-1.0』に繋がるキッカケであり、監督にとってターニングポイントとなった作品との事で鑑賞。
確かに、冒頭とクライマックスの大和や、水のVFX表現は圧巻の出来であり、今作の経験が『ゴジラ-1.0』で更なるブラッシュアップを経て活かされているのは間違いない。

しかし、そんな今作には、VFX表現以上の魅力と熱量を感じさせるものがあった。それは、メインとなる数学を用いた戦艦建造予算の見積り虚偽を暴くクライマックスだ。閉ざされた空間で展開される理論バトルに、手に汗握る。

主人公櫂直(かいただし)役の菅田将暉による熱演が素晴らしい。長台詞に留まらず、見積り虚偽を暴く際に板書する数式すら頭に叩き込んで臨んだという役者魂には脱帽。
数学に取り憑かれた極端な奇人変人なキャラクター付けも、「数字は嘘をつかない」「自分でやらねば気が済まない」と、巻き尺片手に戦艦長門のあらゆる箇所を測定し、実寸を計算によって導き出す執念から始まり、敵対勢力による決定会議の繰り上げ開催にも対応して突破口を導き出す臨機応変ぶりと、クライマックスへ向かうに連れドンドンとその魅力を増していく。
序盤こそ、口調や台詞に山崎監督作品的な説明口調や、誇張された芝居が多少気にはなるが、それすらクライマックスでは「この演技プランで正解」と言わざるを得ないものとなる。

そんな彼の世話係を務める、柄本佑演じる田中少尉も良い。初めこそ堅物で数学の事しか頭にない世間ズレした櫂に振り回されるが、彼の天才的な数学能力を認め魅了された彼は、次第に優秀なサポート役となり名コンビとなっていく。上官である山本(舘ひろし)に与えられた階級差による主従ではなく、真に櫂の能力を評価しての献身的なサポートぶりが熱い。

そして、クライマックスの建造決定会議。見事に見積り虚偽を暴くも、他国を欺く為に虚偽の予算申請をせねばならなかったと愛国心を盾に食い下がる平山(田中泯)に、一度は敗北しかかる。しかし、櫂が僅かな資料と付け焼き刃の知識で描き出した図面によって、平山案には致命的な欠陥がある事が判明し、逆転勝利を収める。櫂の泥臭い執念と数学を信仰する意思が結実したものとして文句なしの結末だ。そして、それこそが、後の決定的な悲劇の引き金となるという皮肉。

見事勝利し、航空母艦の建造を実現させた山本&永野(國村隼)陣営の隠された計画は、“真珠湾攻撃”。軍人としての性か、結局戦争を選択せずにはいられない。

対する敗北した平山は、櫂を呼び出して超大型戦艦「大和」の建造計画を明かす。図面を描く中で、一度でも頭の中にこの美しい戦艦をイメージした以上、それの完成を求めずにはいられないだろうと。そして、そのような完璧な戦艦を完成させた上で、それを破らせる事で、負け方を知らない日本人の目を覚まさせると。

戦艦砲撃の非効率性や決してアメリカに勝てない事を、自らの信仰する数学は証明していたにも関わらず、やがて櫂は悪魔の囁きによって大和建造の一助を担ってしまう。どうしようもない破滅に、結局人々は進んで行く。

今作を通じて描かれているのは、「数字は嘘をつかない」。そして、「人間は嘘をつく」という事実だ。

冒頭で示される大和轟沈という史実。しかし、ラストで大和は、暗雲立ち込める大海原へ意気揚々と突き進んでいく。まさしく、平山の言うように、そして櫂の言うように「大日本帝国の象徴」として、淡い幻想に取り憑かれた「日本人の目を覚ます為の“依代”」として。
原作が未完の中、映画オリジナルの結末でここまで素晴らしい締め方をするのは珍しいと思う。

派手な海戦や空中戦ではなく、あくまで数学によって戦争を回避しようとする戦争映画は、予算の少ない邦画ならではの描き方で非常に魅力的だった。
緋里阿純

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