あんず

全身小説家のあんずのレビュー・感想・評価

全身小説家(1994年製作の映画)
4.3
「鬼才・原一男の372分 『全身小説家』そして『水俣曼荼羅』」という監督を招いてのトーク付きイベントでの鑑賞。『水俣曼荼羅』が素晴らしかったので、この作品も観たいと思い、気軽な気持ちで参加した。すると、上映前の監督のご挨拶で3点ほど課題を出され、それに留意して観るよう言われ……周りの方々がメモしているのを横目に、どーしよーと焦っていたけど、結果的に鑑賞後にみんなで意見を交換したのはすごく貴重な体験だった。

前置きが長くなったけれど、私は井上光晴という作家を知らなかったし、彼が瀬戸内寂聴と長年不倫をしていたとかいうことも知らなかったので、この映画で初めてそれらのことを色々知るのだけど、簡単に言ってしまえば、とても面白かった。

彼を愛する女性たちが沢山出て来て、目を輝かせて彼の魅力や彼との思い出を語る。男性さえも彼に魅了され、悪く言う人はいない。嘘つきで女性にだらしがないのに。嘘をつかずにはいられなかったまさに『全身小説家』な人生は、非常に興味深く、生い立ちから生きて行くために嘘をつき、嘘をつくことで相手を喜ばせ、相手から好かれるように、あるいは見捨てられないようにしていたんではないかなと思った。果たして彼は最期まで多くの人に愛されていたたけれど、幸せだったのだろうか。

寂聴の気持ちは画面を通じて伝わって来るものがあったのだが、奥さんの気持ちが良く分からず(積極的にカメラに映っていないのもあるが)、娘の井上荒野が寂聴と妻のそれぞれの立場から書いた小説『あちらにいる鬼』を読んでみたが、よくは分からなかった。11月公開の映画を観たら、もう少し掴めるだろうか。

ちなみに、井上光晴以上に最大の嘘つきは寂聴だ、ということで、寂聴ファンにも是非イベント来て欲しいと監督や主催者は呼び掛けていたけれど、参加者の中にはいなかった。私は彼女が嘘をついてるとも言えるし、視点を変えれば嘘ではないとも言える気がした。この点は小説にはっきり書かれていて、そうなのか~と。あくまで小説の中の〈寂光〉の気持ちではあるけれど。
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