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「全身小説家」に投稿された感想・評価

ヒルコ

ヒルコの感想・評価

3.7
前半と後半でガラッと変わる映画。前半は女ころがしのジイさんが癌になって大変だなぁなんてボーッと見てたけど、再現Vが入ってからの違和感と、どうしてそうなのかがわかった時、やっぱり原一男スゴイなと思いました。知らない作家のジイさんと思ったら、こないだ見た映画「地の群れ」の原作者で、なるほど本当に作家としては力のあった人なんだなぁ嘘もうまいだろうなぁ、って言うよりこの人の中では何度も言い過ぎて本当になったのかもなぁなんて思ったりもしました。わたしは絶対に原監督にドキュメンタリーを撮られたくないです。
kyoko

kyokoの感想・評価

4.0
原一男まつり ラスト

面白かった~

絶賛ガン治療中の、いずれは死に行く人の虚構が砂のようにボロボロと崩れていくのを、こんなふうに笑って見られるのは、原一男監督の力はもとより、3割バッター・嘘つきみっちゃんの魅力によるものが大きい。

伝習所ガールズが井上氏を語る時の目が本気で潤んでいる。
(耳をほめてもらったと嬉々として話す女性の隣にいるご主人にズームインする、あのザ・原一男なカメラワークがたまらない)
そして全員、口では「奥さんが、他の女性が」と言っているけれど、自分がいちばんだった時期があったことを1ミリも疑っていない。
通りすがりに「チュッ」って、どんなテクニックよ(笑)
普通のおじさんなら瞬く間に捕まっている。

まるでオセロのように真実と虚構が入れ替わる。
「死」以外、真実は存在しないかのようにも見えるけれど、奥さんの心境はともかく、井上荒野はりっぱなファザコン作家になったし、伝習所ガールズはみっちゃんの思い出に満たされた心のまま生きていける。
井上光晴というフィクションが必要不可欠だった人たちの存在こそが真実。


公開当時のチラシやビデオパッケージにあるコピーが凄い。

「嘘もつきおわりましたので、……じゃあ」
yusuke

yusukeの感想・評価

4.0
人間の下品な欲望を誘い出すようなワイドショー的でいやらしい作為に満ちた、しかしそれがかなり計算して作られてるんだろうと感じさせるカメラと編集。人の話聞いてたり、喋ってない時の人間の表情は雄弁であり、またストーリーテリングや編集で雄弁にさせられるんだと実感。
虚構と現実を扱った作品だが、この作品の中で取り扱った小説家のフィクションに取り組む姿勢と嘘、そしてこの作品がドキュメンタリー映画ということがややこしい。今時ドキュメンタリー映画がフィクションに比べて嘘のないものだという考えはないだろうが、映画がそれが写しているものと円環的になっていたり、相似関係だったり入れ子構造だったり対象的だったりと、映画とテーマとの取っ組み合いみたいなものを、なぜか肉体的な、身体的なイメージで感じた。一応現実に即しているというリアル感からくるものなのだろうか。
また登場人物や、この映画そのものを第三者として見ているようで自分を見せられているような感じがして嫌な感じがする。
鏡の覗視というイメージ。
あの「ゆきゆきて、神軍」の原一男監督作品ということで、観たいと思っていた作品。

始めは何気なく、気づけば入り込んで観てしまった。

簡単なネタバレを読んだ後、井上氏に嫌悪感を抱くかもしれない…と思ったことを、いつしかすっかり忘れていた。

虚言だらけの井上氏の過去が明るみになるのと、病魔という間違いのない現実と、何故だか相反して哀しくなってしまった。

一番印象的だったのは、終始淡々と夫の世話をやく奥さんの姿。

このレビューはネタバレを含みます

作家井上光晴先生のドキュメンタリー。ファンタスティック!イマジネーションの力が、グレイトモテモテマンを作る。女につく嘘は魔法です。一定層いる教授萌え勢、インテリ萌え勢は、冷静に聞くと支離滅裂論理でも、知ったか風に弱いんですよ。おばあさんの耳元を誉めたところは、プロです。耳元確かに美しかったし、セクシー。先生通りすがりにさらっとキスしてくるらしいし、シゴロ感が凄い。とにかく、沢山のお姉さまを幸せにしておられたという実録。

そして、ストライクゾーンの広さが、人生の充実と喜びを作ることを学びました。

途中、先生の哲学「虚構過ぎてもダメ、現実の説得力には負けるから、虚構とリアルのギリギリのところが創作の極意」的なことを仰ってて、なるほどなーと得心しました。あと子供時代にやってたイタコ業にて「亡くなった旦那さんは、奥さまのことが一番好きだったんですー」と必ず言うようにしていた発言に、人間のインサイトを自然につかむ力をお持ちのように感じました。

寂聴パイセンの百戦錬磨力にも感嘆。お見舞いで靴下を誉めて、病室をただならぬ雰囲気に持ち込む術。メモしました。

グレイトモテモテマン伝説、勉強になりましたっ!
shibamike

shibamikeの感想・評価

3.5

このレビューはネタバレを含みます

157分と割と長尺の本作(Filmarksでは137分となっている、何故!)。
久しぶりに映画を観るのが退屈で苦痛な映画だった。
やっと上映が終わった、とホッとしたら原一男監督とアーロン・ジェローという日本映画研究家の方のトークショーが始まったのだが、「トークショーは1時間です」とアナウンスを聞いた瞬間、自分の尻は四方八方に破裂してしまうと危惧した。とにかくゲンナリした。

が!トークショーのトークを聞く内に本作の意図するところや小説家 井上光晴という男がいかに虚構に徹底していたか、などを垣間見ることができ、「この映画が退屈なのではなく、自分の鑑賞眼の未熟さ故か!ぐぎぎ。」と下唇を噛みしめながら劇場を後にした。

映画の内容は、小説家 井上光晴(自分は知らなかった)の晩年を追ったドキュメンタリー。

この井上光晴であるが、嘘八百ばかりの嘘つき野郎。「生まれは満州、父が蒸発したので中学へ進学できなかった、初恋の相手は朝鮮人で女郎部屋で働いていた」などなど聞き手のこちらが一瞬「へぇ」と興味を持つような話をするのであるが、全部嘘、と映画で明かされる。

「正直こそ正義」と信じて疑わない自分にはこのおっさんが理解できなかった。
が、どうもトークショーの話なんかを聞いたところ、このおっさんは「小説家 井上光晴というキャラを作るために嘘をついているのではなく、自身の人生そのものを虚構(フィクション)としてまっとうするために、そういった作り話をしている」といったような話があり、ショック。

劇場の特別プレゼントで原一男監督の本作製作録の本を貰ったのだが、帯に書いてある井上光晴の言葉↓にまたショック。
「フィクション(虚構)の本質をひと口でいうと、現実よりも激しい物語を作ることなんですね。事実より強い嘘を吐けるかどうか。たちまちばれる作り話とか、見え透いた嘘が嘘であって、墓場まで持って行く嘘は嘘じゃない。それが小説の何よりの要素になる」

"事実より強い嘘"。鋭い鈍器のような矛盾があるようなのに、自分はこの言葉に面食らった。ここまで考え突き詰めている人なのかと、見直した。やるじゃん、光彦。あ、光晴。

あと、光晴の話で勉強になったのは「人間は例えば自分の物語を作ろうとするとき、自分の都合の良い過去を適当に抽出して作りがちだ。自分にとって都合の悪い過去は隠す(恥ずかしいから)。一見、過去の事実しか述べていないようでも、これもフィクションである。」というような話。もうそうなってくると何もかもフィクションじゃん。

映画には光晴を慕うレディが結構な人数(4,5人)出てきて、いかに光晴が魅力的かということをメスの顔で語るのであるが、こちらがちっとも羨ましくならないレディ達だったので、自分の心は穏やかな凪。これが丸の内OLや姉キャンモデルみたいな美女ばかりであれば、「冗談じゃないよ!」と自分は嫉妬の業火で焼身自殺していたかも知れない。

この映画の見所として、"瀬戸内寂聴"の登場がある。寂聴と光晴は親交があるらしく、お互いに病院へお見舞いに行ったりするシーンが見られる。
光晴がガンで亡くなり、光晴のお葬式が流れ、寂聴の弔辞でこの映画は終わる。
かなりの数の参列者が訪れている立派なお葬式で、寂聴の弔辞は結構踏み込んだ内容。
「男と女の間にセックス無しの友情はあり得ない、と考えていた私でしたが(普通、逆じゃないの?)、あなたと私の間の友情はセックス無しの稀有な友情でした。」みたいなことを本当に言っており驚き。今、言う必要ある?

で、で、で!
自分はこのシーンに関してのトークショーの話で目玉が飛び出しそうになった。原監督がわざわざ声を大にして言った。
「寂聴さんと井上さんは関係大ありですからね。寂聴さんのあの弔辞こそフィクションなんです。」

自分は今まで経験してきたもの、すべて嘘だったのではという気がしてきて、人間不信というか世の中不信。

(あと、オープニングの女装踊りは何だったのか)
面白かったぁ。。
小説家は生き方が小説的なのだ。
どんな「教室」でも多かれ少なかれこういうハーレム状態になりうるのかも。。と、「教室」に参加したことのある私は思った。
出てくる伝習所の女性たち(みんな井上に本気で恋してる)が、みんな幸せそうなのが印象的だった。だってね、目が、本当に、「恋する乙女」だもん。(ああ〜W大学のW教授の周辺もこんな感じだったのか)
たぶんね、井上って人は、その瞬間その瞬間は、目の前の人に対して誠実そのものなのだろう、と思う。
まあでも、一番したたかなのは、寂聴でしょ。。
小一郎

小一郎の感想・評価

4.1
渋谷アップリンクの特集上映「挑発するアクション・ドキュメンタリー 原一男」にて鑑賞。作家・井上光晴のドキュメンタリー。井上がS字結腸癌を発症し死に至るまでの5年間の格闘を生々しい映像とともに追っているけれど、これは副次的なテーマ。メインは自らの人生を虚構、つまりフィクションとして生きた人の物語。

フィクション(物語)の役割とは何か。いろいろあるだろうけれど、現実で受け入れがたい困難にぶつかったとき、それを何とか受け入れていくための役割というのが重要なもののひとつだろう。最も根源的なフィクションは神話であり、聖書である。神話を持たない民族はない(多分)。人は自分の存在を確認し、生きていくために、フィクションが必要なのだ。

小説家は想像力をフルに働かせて、読者の心に響くようなフィクションを作り上げるのが仕事である。しかし、井上は自身がフィクションそのものだった。井上が発言や作品を通じて語る彼の履歴、体験は嘘だった。それはいかにも小説的で感動を呼ぶような嘘なのだ。

トークイベントで原一男監督から聞いたところによると、井上は「自分を貶める嘘はついても良い」と話していたという。確かに学歴詐称などを考えると、自らが有利になる嘘は非難を浴びても、不利になる嘘は笑い話で済むかもしれない。

そして井上は「実は嘘でした」ということは決して言わない。嘘はついたらつき通すのがポリシー。井上の嘘は人をダマそうとしているのではない。“井上光晴”というフィクションを形作るためのエピソードなのだ。

井上はとにかくモテる。映画では「声はいいなあ」と思うけれど、何でこんなにモテまくるのかわからないくらいモテる。そして男にも好かれているようなのだ。理由はよくわからないけれど、井上自身が他の人のことが好きで、サービス精神がとても旺盛ということが関係しているのかもしれない。

井上ははじめから自らの人生をフィクションにしようと考えて嘘をついたのではないだろう。人を笑顔にするよう、人がそうあって欲しいと思っているだろうことにあわせて、嘘をついたのだろうと思う。それが積み重なって“井上光晴”が出来上がっていったのだろう。

せっかく喜んでくれる人がいるのに、種明かしをするなんてヤボというもの。だから、ついた嘘はつき通す。それで迷惑がかからないのなら、嘘をばらしてガッカリさせるほうが意地悪というもの。

原監督によれば、井上の生まれ故郷で取材すると告げた監督に対し井上は「それは良いですね。ただし井上光晴の名前は出さないでください」と言ったそうだけれど、それは恥をかかないようにするためではなく、“井上光晴”というフィクションを守りたかったのだと思いたい。

癌が発覚してからドキュメンタリー撮影の依頼があり快諾した井上に、運命的なものを感じずにはいられない。フィクションの井上をリアリティーを追求するドキュメンタリーのカメラが追う。ドキュメンタリーにフィクションが必要なように、フィクションにはリアリティーが必要である。

自らが自身の嘘を告白することのなかったこのドキュメンタリーによって、自身がフィクションであるという人間の物語にリアリティーが高まり、フィクション“井上光晴”は作品として完成した。観客は小説を読むようにしてこういう生き方もあるのだと知り、人生の荒波への備えをひとつ蓄えることができるのだろう。

●物語(50%×4.0):2.00
・「ジャッキー」と隠語で呼ばれる方が真の主役との声も。こちらの方もなかなかのタヌキながら、原監督のプロデュース手法はお気に召さないという説が…。もう完成しているからかもね。

●演技、演出(30%×4.5):1.35
・井上光晴の虚構の風景を再現するモノクロのイメージシーンがあるけれど、ここに原監督の仕掛けた嘘が2つあります。「ここをわかってくれないと~」とのことなので、映画を観て気になった方は原監督に劇場で直接聞けば確実に、ツイッター聞けば高確率で教えてくれるのではないかと。

●画、音、音楽(20%×3.5):0.70
・「タブーこそ」な映像あり。
なつ

なつの感想・評価

4.0
作家“井上光春”の生(性…笑)を描く長編ドキュメンタリー。
“虚構”と現実…。“虚構”とは何なのか?
個人的には、どえらい面白く興味深いテーマだったなぁ。
カオス過ぎるシーン、言葉の選択、目線、これが笑わずにいられるか。
私の特技は男女の関係性に気付くこと。
あっデキとる……と。
嘘言うな、私の目はごまかせんと。
そんなタイプの人間は本作を観て、面白い!とはまるようだ。
監督も言うてたけど、文学という高尚な世界でありながら、エロス…
この二面性も最高に面白いやんか!
万人受けはしないので、あしからず。
大作家先生より、瀬戸内寂聴の虚構が最もカオス(笑)
人間て、やっぱ凄まじい生き物だ。
原監督も凄まじき!
監督から来場者全員に本作の制作ノート書籍がプレゼントされた!感謝!
sawak

sawakの感想・評価

3.5
作家・井上光晴の晩年を追うドキュメンタリーだが、後半、取材が進むにつれ彼の「虚構」が明らかになっていき……。

小説家にまで上り詰める筋金入りの虚言癖である証言者の「虚構」に対して、彼の半生の再現ドラマの一部分に仕掛けとして素敵な「虚構」を隠し組み込んだ原一男、半端ないって。鳥肌モノでした。気づけてよかった。

タイトル秀逸だなあ。見終えると褒め言葉として聞こえる。かっけえ。
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