さおりーち

怪物のさおりーちのネタバレレビュー・内容・結末

怪物(2023年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

怪物だーれだ。

是枝監督映画としては破格のわかりやすいテーマ。
宣伝にも使われていて、映画内でも随所に現れる。
どうもわかりやすいと思ったらプロデューサーに川村元気さんの名前があった。なるほど。

一番の怪物は、東京03角田率いる
『ことなかれ三人衆』であることは
観客全員の同意を勝手に得たものとして、私はこの映画をあえて『ミステリー』として思い返してみたいと思う。
この、伏線の回収の鮮やかさ、ラストシーンのミステリアスさは
ミステリーと称して過言ではないと思うからだ。

まず、圧倒的リアリティで描かれる第1章『母の視点』
どうも是枝監督には安藤サクラにはクリーニング屋をやらせたい性癖があるようで笑ってしまったが、
接客量や仕事内容がおそらく一番『働き手』としてしっくりくるモチーフなのだろう。
そういえばベイビーブローカーの家族もクリーニング屋だった。
いい映画を撮る監督はクリーニング屋が好きなのだろうか。
子どもどころか結婚もしていない私だが、
火事をベランダから眺めるシーンで思わず
「こういう息子が欲しい!!」と叫びたくなった。
この親子はとってもいい関係性であることが、ほんの数シーンや小物で伝わってしまう。
例えば湊くんの部屋の「はいらないで」の看板。
例えばシールを剥がしたあとだらけの食器棚。
不揃いだけど思い出が詰まっていそうな食器類。
セリフがなくてもこの家族の過去を語りつくしている美術たち。
是枝ファミリーのレベルの高さにうならされる。

しかし、そんな愛すべき息子が、何かの苦痛に苛まれているように見える。
突然髪を切ったり、耳を怪我して帰ってきたり、靴を片方なくしてきたり、水筒に土が入っていたり。
おやおや、イジメか?と観客と母親は訝しむ。
ある日帰ってこない息子を廃線になった線路付近で保護する。
直前、息子は暗闇の中で
「怪物だーれだ?」
と叫んでいる。
母親はそりゃあ心配になって保護する。
呆然として心ここにあらずの息子。
何気なく家族や将来について話していると突然車から飛び降りてしまう。
病院でCTスキャンを受けた息子が、
「僕の頭大丈夫だった?」と聞く。
母親が大丈夫と答えると、衝撃の一言が飛び出す。
「僕の脳みそはブタの脳みそだって言われたんだ」
悪評高い新担任、堀先生に言われたという。

母親はそれは抗議する。
毎回車で押しかけて校長室で問いただす。
ほぼ母親の気持ちになっている私は
「いやもっとキレていいだろ」
と歯がゆいくらいだった。
学校は全員塩対応。
とうの先生も挙動不審なうえ、
突然アメを舐めだす始末。
そうか、この映画はモンスターペアレンツと学校どっちが怪物なのか、みたいな戦いの映画なのかな?と観客は早ごちる。
是枝映画がそんな単純なわけないのに。

この母親は本当にいい母親なので、
先生から聞いた、息子がいじめているという子の家にも話を聞きに行く。
その子は知らない人も平気で家にあげてしまう上に、
5年生にも関わらず漢字がほぼ書けず、
ひらがなも鏡文字になってしまうような子だった。
ああ、この子がいじめられるのも無理ないかも、と母親と観客は思う。

母親は何度も抗議し、ついにこの先生を追い出すことに成功する。
にも関わらず、息子の顔色は晴れない。
そして、くだんの先生に追い詰められて階段から落ちたと聞き飛んでくる。
部屋に息子はおらず、ベランダの窓があいている。
まさかと思い体がこわばる。
どこかから、怪物の声のような音がする。
息子はトイレにいたという。

ある台風の前日、家の窓にダンボールを貼り終えて、
湊くんは言う。
「僕は生まれ変わったら何になるかな」
あなたはまだ生きてるでしょ、と母親は諭す。
翌朝、息子はいなくなっている。
窓の外から息子を呼ぶ誰かの声がする。

ところで、この物語の舞台はどこなのだろう。
諏訪だとクレジットにはあったが、
ダンボールは熊本県だった。
でもみんな標準語だ。
何度も出てくる全景は湖畔なのだろうか。
夜は真っ暗で、画面の真ん中に大きな暗闇ができる。
まるで何かを塗りつぶして隠しているような暗闇。
その暗闇の中にサイレンが響きわたり、火事の日に戻る。

第2章『先生の視点』
私はこの視点を見たくないと心底思った。
制作者は本当に意地が悪い。
先生はサイコパスで悪者であってくれと願った。
なぜなら、もう私の中でそういう物語が出来てしまっていたから。
もし先生もいい人だとしたら、息子が嘘をついていることになってしまう。
あんな無垢でいい息子が、嘘をついているなんて考えたくない。
死んだお父さんが
「お母さんいつもありがとう。大好きだよって言ってたよ」
なんていう息子が、嘘をついて先生をハメるような性悪には見えない、見たくない。
しかし話は残酷に進み、この新任の先生は
ちょっと変わっていて意地も悪いけれど
子供に対しては普通に熱意ある一般的な教員であり、
全ての元凶は『ことなかれ三人衆』もとい
チンアナゴ愛好家の早合点であることに気付かされてしまう。
と同時に、息子はやはり嘘をついていることもわかる。
何故息子は堀先生のせいにしたのか。
本当はなにがあったのか。
堀先生が飛び降りようと屋上にあがった時、どこかから怪物の声がする。

第3章『息子の視点』
ここから物語は加速する。
くだんのいじめられっ子、と言われていた星川くんは
実際クラスの中でイジメにあっていた。
と言ってもイジメているのは一部のクラスメートで、さも面白いことのように彼をからかう。
周りの冷ややかな目に彼らはあまり気づいておらず、本当にスカッとする面白い遊びとしてやっているのだろう。
しかし、息子は密かに星川くんに興味があった。
みんなのいないところでは会話もした。
変わったことばかり知っている彼に興味があった。
しかし、面と向かってイジメを庇うことは出来ない。
次から自分が標的になることが、本能的にわかっているから。

だから彼は暴れてうやむやにした。
止めに入った先生の肘があたって、鼻血が出た。

学校外では2人で遊ぶようになった。
裸足で歩く彼に、靴を片方貸してやった。
2人でぴょんぴょん飛びながら歩いた。
ビッグバーンがおきたら、全ての時間は逆戻りしてなかったことになると言う。
その日に向けて、秘密基地を2人で飾り付けた。
恐竜や土星、星みたいなライト。
秘密基地ではいろんなゲームをした。
その中のひとつが「怪物だーれだ?」だった。
インディアンポーカーのように正体カードを額にあて、お互いの正体を質問しながら当て合うゲーム。
2人は同時にピタリと当てた。

星川くんには居場所がなかった。
「お前の脳みそはブタの脳みそだ」とは彼が父親から言われた言葉だった。
湊くんがそれを自分が言われたことにしたのは、
彼の苦しみをわかってあげたかったから。
案の定湊くんの母親は怒り狂ってくれたが、それが同時に彼の心をくもらせる。
なんてったって、星川くんは、
本来そんなことを言われたら怒ってくれるはずの親から、それを言われているのだ。
学校でもいじめにあい、楽しくいられるのは自分といる時だけ。
しかも、今度おばあちゃんの家に引っ越すという。
5年生はもう賢い。すなわち父親が手放したがっているということくらい察しがつく。
そしてそれを嘲笑うことができるくらい、
彼らはちゃんと大人なのだ。
星川くんがいなくなる、と聞いて、
湊くんは自分の中にある気持ちに気づきかけてしまう。

この映画を、日本版の
『君の名前で僕を呼んで』
とするのは簡単だが、
あの映画が明るく開放的なのに対し、
この映画は失楽園と呼びたくなるくらい閉鎖的で神秘的だ。

ラガーマンに恋した母親は、
湊くんを受け入れられないだろう、
と湊くんは少なくとも思った。
愛人を作るくらいヘテロ的に旺盛な父親を、
彼女はまだ心から愛しているのだ。
生まれ変わったら会いに来て欲しいと思うくらいに。
しかし湊くんは、将来の夢が『シングルマザー』になるほど、
家庭的で優しい子だ。
本当は将来の夢を『ラガーマン』と言った方がお母さんは喜ぶだろうということも知っているけど、
そこまで自分に嘘はつけない。

数々のイジメを堀先生から受けたことにしたのは、
そういうことで星川くんを庇いたかったから。
好きな人がイジメられているなんて、
そんな不名誉を言いふらすことは出来ない。
そして自分が同じことをされたら、
母親は怒り狂って助けてくれるだろう。
星川くんも助けてあげてほしい。


お母さんに連れ戻された日、星川くんは秘密基地に来るのがだいぶ遅れた。
お母さんの後ろで帰っていく星川くん。
湊くんは星川くんと自分の境遇の差に、いてもたってもいられず星川くんの家に向かう。
星川くんとお父さんが出てきて、
「ぼく、おばあちゃんの家の近くに好きな女の子がいるんだ。」
と言う。
数秒後に「やっぱり嘘」と言うと、
お父さんは烈火のごとく怒り、虐待の音が鳴り響く。

ところで、なぜあの家はチャイムが鳴らせないようになっているのか。
きっと近隣住民からも通報がきており、
児相が来られないようにしているのではないだろうか。
父親は、自分の手ひとつでも息子をまともに育てられることを証明したく、
間違っていることをどこかで感づきながらも、
全てを酒で誤魔化し、
星川くんをしつける。
星川くんには逃げ場がない。

台風の日。
星川くんが心配だった湊くんは星川くんを星川くんの家の風呂場から助け出す。
臓器もやられていそうな位の痣。
彼はとても弱っていた。

しかし次の瞬間、
彼は元気になり、一緒に秘密基地へ向かう。
まだ無事な秘密基地の中で、台風を待つ。
この秘密基地は土砂崩れで埋まることを我々は既に知っている。
本当は隙を見て逃げ出していたんだよ、というように、
フェンスが取り除かれた橋が映って映画は終わる。

校長先生がずぶ濡れで川を覗いている。
お父さんもずぶ濡れで、酒を買いに外に出ている。


やはり、列挙すれば明らかだ。
おそらく星川くんは風呂場で死んでいた。
それを受け入れられなかった湊くんは、
2人のつもりで、1人で秘密基地へ向かい、生き埋めになった。
でも2人は、秘密基地を抜け出し、
産道のようなドブをくぐって、
一緒に光の野原へかけていく。
生まれ変わっても自分たちであることに安心して。


親は子の幸せを願い、
子は親の思いを背負う。
星川くんの父親だって、
少し発達が遅れていて多動のけのある彼を
なんとかまともな幸せの掴みやすい道へ戻そうと
彼なりに必死なのだ。


特定の誰かしか幸せになれないなんて
幸せと呼べない、と校長は言う。

校長の幸せとは。
校長は子どものことを本当に考えて、
時には大人が泥を被ってでも、
あの学び舎を守って生きていきたいのだろう。
実の孫を殺した事実を、夫に着せてでも。
夫はそれを信じて協力しているのだろう。
息子夫婦には理解されなくても。
校長は保身ではなく、学校の全ての子どものために、夫を犠牲にした。
それは、湊くんのような繊細な子どもを、
他の先生よりも絶対わかってあげられると
自負しているからだろう。

いじめっ子も実家が新聞屋で、
遊びたい時に遊べず、ずっと家を手伝ってストレスが溜まっているのだろう。


誰も本当に根っから悪い人はいない。
是枝映画はだから本当に好き。
さおりーち

さおりーち