DK

怪物のDKのネタバレレビュー・内容・結末

怪物(2023年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

取引先の営業担当者は、年に一度自分が関わった仕事の関係者を弟さんの焼き鳥屋さんに招いて忘年会をする。その担当者とはみな仕事上の付き合いがあるけど招待されたもの同士は必ずしも付き合いはない、なんなら初めましてな変わった忘年会。でもみんな同業で話も弾んで弟さんの料理を楽しんで帰るという。
その弟さんが46歳の若さで突然病気で急逝した。
お葬式にはたくさんの友人と思われる同年代の人が7月の酷暑の中参列していた。そんな日にこの映画を観た。

事前情報がない状態で遅ればせながらだったのだけど
とても響いている。観終わった時には感じなかった感情とともに1日経った今も響き続けている。
安藤サクラ演じるお母さんの視点で描かれたチャプターと永山瑛太演じる先生の視点で描かれるチャプター、属している集団や見る場所で同じ内容でも全く異なる話になるのは、切り抜き全盛の現代を象徴しているのだけど、それがどこでも起こりうることを改めて提示される。
途中まで怪物は誰なんだろうとかおもって観てたけど、それぞれのチャプターで感じていた感情が誰でも怪物になりうるってことなのかもと思い至る。登場人物(大人たち)の色々な事情や思いが交錯するけど、やはり湊と依里の姿を観ていてなんだか自分も幼いときに感じていた漠然とした、なんとも説明できないような思いがあったことを思い出した。今となってはどんな感情であったかも正確には思い出せない。でも何か違和感だったりおもっていたことがあったことは覚えている。自分の場合それは性自認ではなかったけど、子供の頃にきっと誰でも持つような感情なのかもしれない。

枠からはみ出ないこと、期待されるフォーマットに載っていることが暗黙のうちに求められて生きづらい人がいる。そんな人たちが少しでも生きやすい世の中になるために自分ができることはなんだろう。自分が怪物そのものだったことに気づいてダイバーシティの意味を再考する機会を与えられた。

生きることは楽ではないのだ。
だけど友人の弟のようにまだまだ生きたいとおもっても途中でその思いを断たれる人もいるのだからと思い至る。
経済的な発展がもはや望めないのなら、心が豊かに誰もが生きやすい社会をというのも悪くないと思う。よその国と比較して物価が高くても安くてもその国に住むどんな人たちでも心豊かに生きれる社会。
記念すべき999作品目にこんなにたくさんの気づきと感情を得られたことに感謝します。
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