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怪物の8637のレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
4.2
超絶心地の良い多重構造。

初めは少し軽快に見える掛け合いから「あ、これ坂元裕二脚本か」という情報を思い出し、それを面白がりながら物語に入り込んでいると、気付けばその壮絶さに別の感情を抱いている感じ。
そしてそれは後から思い出してみると「それでも、生きてゆく」「初恋の悪魔」(観てないんですけど、一般評がそんな感じなので)の坂元裕二の作風そのものの深みだった。更に、慟哭さという側面で非常に波長の合う是枝裕和監督の手でストーリー性が深まった。

「誰も知らない」では予告からすら感じられるような、子供を疎かにすることを厭わない是枝裕和の描ける領域。
TBSのニュースにも公開記念で出ていたけど、元々放送の業界にいた人が厄介として"メディア"を描いていた事って改めて凄いんだな。しかし自嘲でも恨みでもなく、そう見えないように丁重に扱っていた感覚。実際に監督が番組に出た時にもかなり感度の高い部分にまで触れて現場が静まり返っていた。

また、近藤龍人氏の撮影では所々で20年代邦画に出せるとは思えなかった映像の色彩美を感じた。

出たよ...邦画によくある、社会問題と絡めた登場人物の不条理な現状を見せて、問題提起だけして終わってしまう映画。見応えあって面白いからどんどん生み出されて良いんだけど、登場人物の酷な境遇に同情だけして、五体満足の観客が「面白い」って言ってる高尚さが何とも...
その解決法を考える術は私たちに投げられたのだとも知らず、ただ消費されてしまう。立ち止まれるか。自分事にできるか。

視点によって観客の意見も二転三転していく映画だが、通して考え続けられたのは「モラルとは」という論題だった。初めは安藤サクラ演じる早織の少し突飛な振る舞いにそれを感じ、非現実オチすら考えた永山瑛太演じる保利先生の機械対応にアンテナが動き、その後も様々な登場人物にこの論題を照らし合わせられた。しまいには世間全体に問うことになっていた。
人間は数にしかならないのか?何が"怪物"なのか、に気付かない怪物。

ただどうしても、正当に評価できない。それは僕が人間だから。噂に流され促され、本当は意をもって接していた先生を"機械人間のようだ"と評してしまった過去の自分がいるからだ。

環境ってどれだけ大切か。中村獅童の偽善に依里くんが「嘘。」と言い放ってからの一瞬が印象に残りすぎてる。ああいうものこそヒトコワの真骨頂。

ずっと観たかった疾走のラストショットでまさか涙まで溢れてしまうとは。終わってほしくなかった。終わることが絶望だった。
映画を観た後、少しだけ人に優しくなれるあの感覚。それをずっと大切にしたい。
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