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怪物のmanaminieのレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
4.0
もっと早く観れば良かった!
「怪物だーれだ」という予告編にミスリードされて、藪の中系クライムサスペンス・ミステリーかと誤解していました!

現実社会に明確な怪物(わかりやすく言うならば犯人)が存在することは本当はあまりなく、誰もが少しずつ壊れた制度を維持し圧力を強化することに加担している。だからこそ怪物を探したくなる。

カメラ越しに観る登場人物は全員ちょっとずつ怖くて(モブの女の子でさえも)、変で、どの家庭も歪で、苦しみや痛みを抱えながら「まとも」を演じているし、本人としては至ってまっとうなつもりだという、生きることの裏表をあざなうような繊細な作品でした。

現在のローティーンの生活をよく知らないのだけれど、自分の小中学校時代の特有の息苦しさ、少しの逸脱も許されず親と教師と友だちに気を遣わざるを得ない生活の喚起力が強くて正しくイヤな感じがしました。
生徒たちのアンケート回答はなぜそうだったのか、は少し想像の余地がある。

楽器の音や火事のサイレン、豪雨、風のざわめきなど音の使い方がうまく、人物ごとに異なる場面の時間軸の照合を、負荷なく過不足なく伝えてくれる。このサウンド設計のなかで、坂本龍一の曲が調和しながら美しいものとして響く。

作文や着火ライター、靴など小道具をヒントに、キーとなる出来事を軸として小幅に切り出し繰り返しながら、視点を入れ替えながら時系列順に描かれていく脚本の妙と、湖や山、初夏の光といったいわゆる映像美、説得力のある複雑な演技がそれぞれの魅力を増幅しあって、深く心に残る。

シングルマザー、LGBTQ、いじめと隠蔽体質組織、モンスターペアレント、ディスグラフィア、アルコール依存、少年犯罪、高齢者運転といった社会問題の示唆もあり、かなり要素が詰め込まれているのに、撮影・脚本・編集・音楽それぞれの技術点が高いため、消化不良に陥ることもない。
いくつかカットされているシーンや説明があるために謎が残る人物や経緯もあるけど、推敲のあとや意図がきちんと感じられる。

ビッグクランチ・豚の脳・生まれ変わり…といったパワーワードが、あと少しで鼻につく印象になりそうなのに、それは絶妙に回避されて、切ない希求として観る側に届く。

「本当のことを言えない」人たちが、少しずつ沈黙や嘘、論点ずらしを重ねていった結果、カタストロフのように見える出来事が起きる。世界が終わらなくても、ひとつの破局は再生への糸口であるという希望のように私は解釈しました。
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