緋里阿純

しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 〜とべとべ手巻き寿司〜の緋里阿純のレビュー・感想・評価

3.5
クレヨンしんちゃん初の3DCGアニメ。初登場成績も2位スタートと滑り出しも好調の様子。私の鑑賞回でも、夏休み興行というだけでなく、シリーズ初の3DCG作品という珍しさもあってか、20代と思われる友人同士のグループやカップルも見かけられ、ほぼ満席に近い状態だった。

何より目を引くのがビジュアル面。3Dにしつつも、原作やアニメの雰囲気をしっかりと残しており、特に主要キャラクターの表情はどれも原作を意識している。また、しんのすけのデザインを原作の黄色Tシャツ&紫色ズボンのスタイルにしているのも好印象。

ストーリーとしては、原作の『しんのすけとひまわりのエスパー兄妹』、及びそれをアニメ化した『エスパー兄妹今世紀最初の決戦!』を長編映画用にリメイクした作品。
宇宙から飛来した光のエネルギーに当たったしんのすけと、闇のエネルギーに当たった社会に絶望した若者が超能力を用いて対決する。

今作では、最初はしんのすけだけが光のエネルギーに当たったかのように見えるのだが、途中ひまわりにも超能力の兆候が見え、後半で覚醒するという捻りが映画的で面白い。そういった捻りのある展開も加えていたからこそ、もっとひまわりの活躍が見たかったのは確かだが。

また、闇のエネルギーに当たった非理谷(ひりや)が、ふたば幼稚園を占拠して立て篭もり、しんのすけ達かすかべ防衛隊と対決するオリジナル展開も、尺稼ぎと言えばそうなのだが、まだ超能力に目覚めたばかりの者同士が次第に能力を拡大させていく展開として、この後待ち受ける暴走を描く上での前振りとして良改変だったと思う。

問題は、後半のオリジナル展開のラッシュと、作品が掲げるテーマに対する解決策の杜撰さだと言える。
お先真っ暗な日本を滅亡させ、社会のリセットを図るヌスットラダマス2世によって、無理矢理負の感情を引き出されてモンスターに変えられてしまう非理谷。
しかし、元々家庭環境や幼少期から続く孤独感こそが彼の根幹なのだから、あくまで非理谷が社会に対する怒りを募らせ続け、やがて闇のエネルギーに飲まれて我を見失う展開の方が良かったと思う。少なくとも、前半はそうした展開を積み重ねていった(推しのアイドルの結婚、サラリーマンからの嫌がらせ、SNSで自らの幸福を可視化する社会)わけなのだから、ポッと出の第三者の加入によって事態が悪化させられてしまう展開はあまり上手くないと思う。ならば、元々目的も無くただ怒りに任せて行動していた非理谷が、ふたば幼稚園での立て篭もり事件にてしんのすけに負けて逃亡したことで、社会全体への復讐という明確な目的を設定するという展開でも良かったはずだ。もしかすると、『AKIRA』の鉄雄的な暴走展開を避けたかったのかもしれないが、やはりあの展開の説得力は鉄板だろう。

また、せっかくの超能力大戦という映画向きの設定も、最終決戦の舞台が閉鎖された遊園地だけというのも勿体無い。アニメでは闇のエネルギーに飲まれた若者が、超能力で自衛隊を撃退したり、暴走後に巨大モンスターとなって都市部のビル街を破壊する展開も描かれていただけに、それらを3DCGで表現するスペクタクルを期待していたので残念。

更に、今作最大の問題点が、掲げられてたテーマに対する解決策だ。
高齢化社会や地震大国故の自然災害、バブル崩壊後衰退の一途を辿る日本経済と、その問題を先送りにし続けた結果若者達に苦痛を強いる政治、世界的なウィルスの流行という生々しい現実問題をこれでもかと描いた。だというのに、示されるのは『「仲間」と共に、それでも「頑張れ」』という、90年代の少年ジャンプとJ-POPのステレオタイプを足したような回答なのが何とも抽象的で杜撰。勿論、現実で解決していない数々の問題に対する回答を、90分の作品で示せたら誰も苦労はしないのだが。

また、しんのすけがモンスターの体内で幼少期の非理谷と精神的交流をする中で、彼のことを「友達」ではなく「仲間」と表現する事にこだわるが、しんのすけなら「友達」というワードを選ぶだろうと思うのだが。割と肝心な部分で、そのキャラクターらしい振る舞いより監督のメッセージ性(監督の自我)が強調されるというのは納得がいかない。
元々、大根監督は『バクマン。』でもクライマックスで昭和的なトキワ荘展開を用いて原作改変を行っていたが、その作品が本来示しているメッセージ性やキャラクター像を、自らの表現の為に歪めるという悪癖は治っていない様子。
昭和的な根性論一本という思想が抜けきっていない(アップデート出来ていない)からこそ、平成や令和で描かれるべき、求められる回答からはハッキリ言って時代遅れ。
細かい事になるが、作中の運動会のシーンで劣勢に立たされていたひまわり組を、司会進行が「ビリはひまわり組です」と“ビリ”という単語を用いてアナウンスしていたのが、その証左と言える。現代社会において、その単語を幼稚園で用いるわけないと思うのだが。

エンドロールの漫画表現によるコマ割りで描かれるエピローグと、吹き出しで紹介されるスタッフクレジットは良かった。そういった表現の上手さはあるのだが、いかんせん脚本に向いていないのだと思う。脚本は別の方に任せて、自らはその世界観を魅力的に表現することに注力すれば良いのにと思わずにはいられない。

ゲスト声優の演技は素晴らしかった。特に空気階段のお二人の演技は、クレジットを確認しなければ分からないレベル。サンボマスターの主題歌もGOOD。

今作が、長くシリーズの中で“成功”の部類に入る作品だとは思わないが、3DCGによるビジュアル表現だけは文句なしに良かったので、こういった試みはいずれ再チャレンジしてほしいと思う。
緋里阿純

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