ヨーク

インフィニティ・プールのヨークのレビュー・感想・評価

インフィニティ・プール(2023年製作の映画)
3.7
まず結論から書くと『インフィニティ・プール』はそんなに言うほど面白くはなかったのだが好き嫌いで言うと好きっていう映画でした。まず観る前の予想というかイメージとしてはかの変態映画監督として有名なデヴィッド・クローネンバーグの息子であるブランドン・クローネンバーグの作品なので、まぁ変な映画なんだろうなー、ということとスケジュールの都合上午前中の回で観ることになったのだが、朝から観るような映画ではないんだろうなー、ということであった。ちなみにブランドン・クローネンバーグの前作『ポゼッサー』は未見。
そういう感じで本作を観たのだが、しかし最初に書いたように中々良かったですよ。積極的に面白かったー! と推しまくれるようなものではないのだが好きな人には刺さるよなって感じで、俺はその好きな人側だったからかなり楽しめたと思いますね。朝から観るにはどうなんだろう…という懸念も杞憂で、むしろこの山も谷もなくだらだらと続く感じは寝起きのボーっとした脳で観るにはちょうどいいではないか! という趣さえあった。寝起きでもいいし夜寝る前にベッドとかソファに横になってぼんやりと観るのにもちょうどいいタイプの映画だと思いますよ。いや褒めてるから! これは褒めだからな!!
んでお話がどんな映画だったのかというとジャンルとしてはSFになるのだろうが、主人公である売れない作家の夫とそのダメ作家を養う金持ちの妻がカリブ海とかポリネシアとかがモチーフと思われる架空のリゾート地でバカンスを楽しんでいるところから始まる。どうもそこは欧米の金持ち共には人気のあるリゾート地のようだがリゾートエリアはともかく現地人が暮らしている下町なんかは非常に治安が悪くてそちらには近づくなと言われているらしい。だがそれを無視して夜中に地元の農道で車を飛ばしていた主人公は現地の農夫を轢き殺してしまう。そして当然現地の警察に捕まるのだが、この観光で成り立っているリゾート国家にはある秘密があった。それは何と観光客の外国人が犯罪で捕まると過失致死のひき逃げでも死刑になってしまうのだが、高額の賄賂さえ渡せば被疑者のクローン人間を制作しそのクローンを殺すことによって無罪放免になるというものなのであった。上で本作がSFと書いたのはその設定のためである。んでまぁ本作の主人公は言われるままに自分のクローンを作ってそのクローンに罪を背負わせ無罪になるのだが…というお話である。
面白そうだよね。今自分であらすじを書きながらでも、面白そうな映画じゃん! と思ってしまったもん。だってこの設定というのは言い換えれば賄賂さえ払えば犯罪し邦題になるというシステムで、金持ちはリゾート地であくせく生きてるような底辺の人間なんていくらでも踏みつぶしても何のお咎めもないという歪みを分かりやすく炙り出すことができる優秀な設定なんですよ。そればかりではなく自分の代わりに犠牲になるのが自分自身のクローンというのもあってそこにも倫理的な問題と科学技術によって達成される自己の同一性の揺らぎというSF的テーマを組み込むこともできる。このネタと設定ならさぞや面白い映画になるだろう! と思うのだが、しかしこれも上記したようにそんなに面白い映画でもないのだな。正確に言うと思考実験SFとしてはかなりいいんじゃないかな、と思える作品ではあるのだが、映画としてはどうかなー、いやどっちかというとつまんねーんじゃねーかなー、くらいの評価になってしまうのである。
だってこんなに恵まれた設定がありながらこの映画はお話があんまり動かないからね。ややネタバレになるかもしれないが、本作は何をやっても金さえ払ってクローンに犠牲になってもらえばやりたい放題じゃん、という現実に相対した主人公の精神が静かに崩壊していってその人間性が限界を迎えて堕ちるところまで堕ちていってしまうという過程をただ淡々と描いただけの映画なんですよ。これはあれですよ『幽遊白書』の仙水編とか好きな人はきっと気に入る映画だと思いますよ。人間なんてのはそんな高尚な存在ではなくて、それが許される状況にさえあれば何だってやってしまえる、という身も蓋もない事実を非常に体温が低く乾いたタッチでストーリーの盛り上がりもなく倦怠感や虚無感と共に描き切る映画なのである。
その感じが、そんな面白い映画ではないけど俺は好きっていう感想になるわけである。ただまぁ何つうかな、かなり好き嫌いはハッキリするような映画だとは思うのでオススメはしないし映画として完成度が高いかっていってもそんなに大したもんではないと思うがすごく独特な雰囲気があって良かったですね。
一般的な道徳観や良識を抱いたまま本作に臨むと、何でこんな奴らが罰せられないんだ! と憤慨しながら観ることになると思うし、実際非常にモラリストな俺も途中までは、コイツら死なねぇかなぁ~、と思いながら観ていたのだが、でもなんかあるライン、それがどんなラインかは言語化が難しいしそのラインがどこかにあるかも人に因ると思うのだが、自分の中でそのラインを越えてしまうと何かもうどうでもいいや、という気分になって主人公の人間性の崩壊に癒しさえ感じてしまうようになるんですよね。人間がぶっ壊れていく様をただ乾いた目線で眺めるだけの映画なんだが、それがとても心地の良い映画だった。
そこはかなり人を選ぶと思うのでオススメするわけではないが、俺は好きでした。
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