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マリウポリの20日間/実録 マリウポリの20日間のtanayukiのレビュー・感想・評価

4.8
目の前で人が死ぬ。何人も。なんの罪もない子どもも大人も赤子を宿した妊婦も例外なく。とめどなく涙が溢れてくる。

Zの刻印をつけたロシア軍戦車がミサイル攻撃で廃墟と化したマリウポリ最後の砦、病院の前をゆっくり通過していく。最初は別の方角にある、とっくに放棄されたおそらく無人の建物(すでに崩れかかったマンション?)を砲撃していたが、やがて進路を変え、病院に近づいてくる。その砲身がゆっくりと回転し、ついに病院(の7階から撮影している取材班)のほうを向く。映画だとわかっているのに恐怖で胸が締め付けられる。逃げて! というか、誰か助けて!

だが、世界はマリウポリを救うことはできなかった。私たちにできるのは、この映像を見て、過去に現実に起きたことを記憶に刻みつけることだけ。そんなの無意味だと嘯く人たちに耳を貸す必要はない。なぜなら、ロシアがみずから、自分たちが犯した戦争犯罪を隠蔽するためにウクライナがでっちあげたフェイクニュースだと騒ぎ立て、マリウポリの悲劇をなかったことにしようとしているから。これがフェイクのはずがない。見ればわかる。ロシアが保身のためにデマを撒き散らす国だと理解しておくことは、決して無駄だとは思わない。

自分に言えることはもうない。公式サイトに、アカデミー賞の「長編ドキュメンタリー賞」を受賞したミスティスラフ・チェルノフ監督・脚本・製作・撮影(本職は地元ウクライナ出身のAP通信のビデオジャーナリスト)の受賞コメントがあるので、そちらを読んでください。そして歴史の目撃者になる覚悟を決めてください。ぜひ。

「この作品はウクライナ映画史上初めてアカデミー賞を受賞しました。しかし、おそらく私はこの壇上で、この映画が作られなければ良かった、などと言う最初の監督になるだろう。このオスカー像を、ロシアがウクライナを攻撃しない、私たちの街を占領しない姿と交換できれば、と願っています。
ロシアは私の同胞であるウクライナ人を何万人も殺している。私は、彼らがすべての人質たち、国を守るために戦うすべての兵士たち、刑務所にいるすべての民間人たちを解放することを願っています。
しかし、歴史を変えることはできません。過去を変えることもできません。私はあなた方に、世界で最も才能のあるあなた方に呼びかけます。私たちは、歴史を正しく記録し、真実を明らかにし、マリウポリの人々や、命を捧げた人々が決して忘れ去られないようにすることができます。なぜなら、映画は記憶を形成し、記憶は歴史を形成するからです。

2024.3.10 第96回アカデミー賞授賞式
ミスティスラフ・チェルノフ監督の受賞コメント」
https://synca.jp/20daysmariupol/

△2024/05/12 TOHOシネマズ日比谷で鑑賞。スコア4.8

追記:
通信を遮断され、録画データを送信する術を断たれた取材班は、撮影したマリウポリの真実の姿を世界に知らしめるべく、録画データを持ち出すために決死の覚悟で市内からの脱出をはかる。それは彼らに与えられた使命だし、住民からも「世界に伝えてくれ」と期待されてのことだから、それ自体は意義ある行動だ。だが、監督本人がフィルムの中で吐露しているように、どれだけ悲惨で酷い映像を配信しても、それによって戦況が変わることはない(事実マリウポリはその後ロシア軍の手に落ち、いまだに実行支配下にある)し、住民を見殺しにして逃げ出したという罪悪感が消えることもない。戦争はそれだけ理不尽なのだ。

もしかしたら、スターリンクの衛星通信はどうした? ウクライナに提供されて防衛や市民生活に役立ったはずではなかったか? という疑問を抱く方がいるかもしれないので、ウォルター・アイザックソン『イーロン・マスク』で判明した事実を書き添えておく。スターリンクはたしかに無償提供され、ロシアの破壊工作(物理、ネット両面)で通信環境が失われたウクライナにとっては救いとなった。が、ウクライナ軍がスターリンクを使ってクリミア半島に駐留するロシアの軍艦に無人攻撃をかけようとしたのを察知したイーロンは、クリミア半島周辺やロシアが実効支配する地域のスターリンクの切断を決定する。それは、核戦争の引き金を引きかねない軍事作戦に、自社サービスを勝手に使われてしまうことを避けるためだった。この決断は理解できる。一民間企業の手に負える範囲を大きく逸脱してるから、
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