tanayuki

人間の境界のtanayukiのネタバレレビュー・内容・結末

人間の境界(2023年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

原題「Green Border(緑の国境)」とは何か。ベラルーシとポーランドの国境線はおよそ400キロ。道路や鉄道などで国境を越える通関地点は何か所かあるものの、それ以外は、森の中に人為的に引かれた国境線があるだけで、そこには有刺鉄線が張り巡らされていた。公式サイトによると、「ポーランド語の辞書には「緑の国境を越える」が半世紀以上前から熟語として登録されており、「政府の許可なく非合法に越境する」ことと説明されている」そうだ。つまり、森の中の国境線と不法入国のダブルミーニングであり、国境に翻弄される人びとの運命を表している。
https://transformer.co.jp/m/ningennokyoukai/

映画は 4部構成で展開される。

第1部は「家族」。ベラルーシ経由でポーランド国境を抜ければ安全にEU入りできる、という甘言にのせられ、EU入りを目指すシリア人一家(弟を頼ってスウェーデン亡命を希望)と、1人のアフガニスタン人女性(ポーランド亡命を希望)を中心に、国境地帯でベラルーシとポーランド両国の国境警備隊によって繰り広げられる究極の押し問答(非合法の難民の押し付け合い)の様子が描かれる。

第2部は「国境警備隊」。ポーランドの国境警備隊では連日ベラルーシが送り込んでくる難民を強制的に隣国に送り返す任務が極秘裏に行われていた。それは個々の隊員にとっては上からの命令であり、拒めるような類いのものではなかったが、難民たちの非道な扱いに心を痛め、自分の任務に疑問を抱き、悩み苦しむ隊員もいた。

第3部は「活動家たち」。政府のやり方に疑問を持ち、難民たちに手を差し伸べる活動に従事する若者たちが描かれる。支援活動家は、ベラルーシ側の協力者と連絡を取り合いながら、難民の現在位置(GPS情報)や必要な物資(医薬品、食料、衣料品、靴のサイズまで)の情報を共有し、彼らの命を繋ぐことに全力を注ぐ。だが、政府は自分たちの薄暗い活動を公にしないため、立ち入り禁止地区を設け、そこに無断で出入りする者は誰であれ逮捕する強硬手段に出ていたため、支援活動を継続するためにも、逮捕者は出さない=立ち入り禁止地区には立ち入らない、難民申請のない人の移動を助けない(が、難民申請をすれば直ちに当局に拘束され、強制送還されることが目に見えていた)などの制約条件下でしか動けないジレンマを抱えていた。

第4部は「ユリア」。新聞記事やSNSで拡散される動画で、政府の横暴を知った精神科医ユリアは、偶然例のアフガニスタン女性を助けたことをきっかけに、支援活動にのめり込んでいく。だが、彼女はすぐに支援活動の限界を知ることになる。生きる手助けはするが、移動(逃亡)を助けることはできないという制約により、せっかく救ったはずの難民を置き去りにして、国境警備隊に奪還されるという経験をしたのだ。そしてユリアは一線を越える覚悟を決める。

この映画を見たポーランド人が政権批判に傾くのはある意味しかたないし、どんな手が打てるのか、どんなやり方なら大方の国民が納得できるのか、国内で議論してもらえばいいと思うのだけど、「移民戦争」の最前線のポーランドの背後に控えるEUの人たち、あるいは、それ以外の民主主義陣営の人たちは、単にポーランド政府を批判するだけでは、それこそ相手の思うツボだろう。もともとこれはベラルーシ(とその背後にいるロシア)が仕掛けてきたハイブリット戦争の一環なのだから。いちばん大元の原因をつくり出している連中を非難せずに、対応に追われる被害者だけを糾弾しても、得られるものは決して大きくないはずだ。

→たとえばこんな記事が参考になる。「ポーランド ベラルーシからの違法越境が急増で警戒強化」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230918/k10014199221000.html

中東などの危険地帯から、わざわざ移民を自国に呼び寄せ、正規の手続きを経ずに無理やり国境線を越えさせる、というか、脅して有刺鉄線の向こう側に追い立てる。ポーランドもそれがわかっているから、国民には詳細を伏せたまま、秘密裡に難民たちを国境の向こう側に押し戻す。キャッチボールどころか、不法投棄されたゴミのような扱いで、厄介払いのために何度も国境越えを強いられる移民たち。ベラルーシにとっては彼らは「武器」であり「弾丸」であり、一方的に送りつけられるポーランドにとっては「迷惑」でしかないわけで、彼らには最低限の人権すらない。だって、最初から人間だと見なされていないのだから。

だが、そうした思いも最後のシーンで揺らいでしまう。ロシアがクライナに侵攻し、大量の避難民がポーランド国境に押し寄せたとき、ポーランドは短期間で200万人ものウクライナ人を受け入れた(マリウポリは見捨てられたが、ウクライナ避難民には手が差し伸べられたのだ)。いままでの移民排斥政策はなんだったのか。結局、白人、ヨーロッパ人、キリスト教徒ならよくて、それ以外はダメということなのか。もちろん、ウクライナ人を受け入れたポーランドを責めるつもりなど毛頭ない。ただ、排除された側のアジア人である自分には、もやもやしたものが残るのは避けられない。

中国経済が崩壊したとき、中国本土や朝鮮半島が戦場となるような事態に遭遇したとき、あるいは、中国が国策として国境線の取り締まりを放棄して自国民が流出するにまかせたとき、日本はどこまで難民を受け入れるのか。あるいは、受け入れを拒否するのか。そうした問題を認識し、議論するきっかけになればいいと思う。

△2024/05/12 キノシネマ新宿で鑑賞。スコア4.4
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