耶馬英彦

ただいま、つなかんの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

ただいま、つなかん(2023年製作の映画)
4.0
 気仙沼市の唐桑の港で被災した菅野一代(かんのいちよ)さんに焦点を当てたドキュメンタリーである。ナレーションは渡辺謙の渋い声。メリハリがあってとてもいい。音楽は地元の岡本優子さん。この人の音楽が素晴らしい。ピアノが中心だが、出来事のひとつひとつに寄り添って、一代さんの心情と地元の雰囲気をよく表している。
 ほぼ出ずっぱりの一代さんは、思索の人ではないが、よく喋る。その言葉には愛情が溢れていて、人柄そのままだ。他人のために尽くす無償の行為が言葉を後押しして、誰もが一代さんの話に耳を傾ける。
 ボランティアの学生たちを総称してGakuvo(がくぼ)と言うらしい。Gakuvoたちは一代さんに接するたびに心が洗われたようで、何度も一代さんのもとを訪れ、最後には移住した人が何人もいた。一代さんには汚れのない無垢の優しさがある。等身大の強さがあり、等身大の弱さがある。これが正しい人間のあり方なのではないかと思わせるものがある。Gakuvoたちの移住の一番の動機はそこだろう。

 本作品は既存の震災映画とは一線を画していると思う。単に被災者の再生の物語ではないのだ。ある女性が被災し、人々の善意に助けられ、勇気づけられ、ときには人を勇気づけながら、健気に真っ直ぐに生きてきた。ひたすらそれだけを描く。

 楽しいこともあったが、その何倍も辛いこと、苦しいことがあった。いつか死ぬし、生きている意味も分からない。それでも人のため、地域のために精一杯生きていく。いまはそれでいい。
 一代さんの独白には深い説得力がある。難しいことは言わない。人が好きなのだ。思いやりに満ちた彼女の生き方に、心底感動した。
耶馬英彦

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